自転車をよく見てみると、専門家でなくてもどうやって動いているのか、ある程度は分かるはずである。それは、車と比較するなら、自転車はそれよりずっと少ない部品で出来ているからでもあり、自分の体を使って操縦しているからこそ、動かしている間経験する感覚が、部品と一対一で対応するような、直感的な面も持っているからだと思う。
筆者(sy)にとって、自転車ビルダーという仕事は、上に述べたような自転車の特徴を熟知して、乗る人の感覚も、ちゃんと考える必要がある仕事だと思って、ずっと興味を持っていた。そして、この度、愛知県丹羽郡大口町にある、株式会社Shin・服部製作所に見学をすることができたので、その感想を記録しておこうと思う。
実は、Critical Cyclingで服部さんの工房を見学するのは、初めてではない。前回の見学時は手狭であったが、同じ敷地内の別棟に引っ越しして、広々とした工房になったという。服部さんによれば、以前の3〜4倍の面積であり、日本でこれだけの広さがある自転車工房は珍しいのでは、との話だった。これに伴って工作機械も増やしたそうだ。
挨拶をし、簡単に自己紹介をしたあと、ビルダーである服部さんは、早速機材の使い方を説明してくれた。新しく購入した大きな切削機は、重さがあって振動が少なく、より安定していて、楽に作業ができるという。また、機材の数も増えたことで、特定の部品を専門的に作る機材として使用でき、大幅に効率も上がったという。それは、筆者も作業をする時、感じたことでもあって、とても共感できた。
また、服部さんは、特殊な専門の治具を使って部品を製作することにより、たとえ熟練者でなくても、部品を多数製作できるようにする、といった計画も進めていた。そして、木工を専門とする知人がいて、工房を整理するための家具を注文しているという。このように、一人で製作するビルダーであっても、周りの色んな専門の人たちと、密接に連携を取っていることが分かった。
そして、前回の見学でも話されていた、アメリカへ進出するための作品も、現在、保険関係の確認をしつつ、慎重に進められている様子だった。
環境が変わり、全体的に生産の効率が上がったことは理解したが、奥に並べてあった今作業中のフレームを見た時、筆者は、その作業の幅もかなり広いという印象を受けた。製作中のフレームの中では、ロングテールフレームもあれば、修理中のフレームもある。特に、修理をするということについては、後でも触れるように、服部さんの作業の中では重要なポイントでもあるのだ。
それから、自転車の設計に関する話も伺った。基本的には、自転車用のCADで計算をし、自らの経験を反映させ、デザインの判断をするという。このツールは、自転車用として簡略化されたものだが、場合によっては、AutoCADを使って全体の設計をされるそうだ。
また、服部さんは、特にカーゴをつけた生活用自転車にも興味を持ち、そういった違う形の設計をする時のためにも、もっと基本的な設計の知識についての勉強も重要だと強調した。
冒頭にも触れているが、自転車を作る時は、身体の特徴をいかに反映するかが大事である。それはすなわち、身体の情報を入手することが重要だということでもある。そこで、最近の技術を使えば、そういう情報をネットワークを通して、手早く手に入れることができることについても話を伺って見た。それについて服部さんは、それも可能ではあるが、「お客さんのオーダを聞く」ことが基本であると強調し、やはり直接対面をすることは大事だと話されていた。
そのほかにも、服部さんはカーゴバイクを利用し、「食」をテーマにした作品の製作というアイデアも持っていた。「人って基本、温もりが欲しいじゃないですか」という服部さんだったが、これからの未来、AIなどが生活や職業のパラダイムを変えていく中、恐らく我々が直面するであろう、身体に関する問題意識も感じることができた。
服部さんは、今までの自転車屋というのは、ディーラーのようなものであり、作り方に関しても、大手の部品屋さんの商品を仕入れて、フレームに取り付けるやり方だったが、本当は、街の中で、生活の一部である自転車を、直したり守る存在であると指摘した。そのためには、部品についても、もっと色んな自転車の作り方についても、知識が必要であり、そのための勉強もするべきだという。
最後に、筆者個人が考えてきたことについても、色々と共感できる部分があった。筆者はこれまで絵を描いて、映像を作る仕事をしてきたが、何らかの流れによって、今は自転車と、乗り物を作るような作業に方向を変えている。その話について、服部さんは、「なんか、自分が今後、多分そういうことをしているだろうと感じる、その感覚、わかります」と言い、自分の経験を背景に語ってくれた。
今回、初めて服部さんの工房を見学できたが、筆者は、全体的に「暖かみのある場所」という印象を受けた。工房で一人で作業をして、それでも、そこで得た一つの知識に、無理に威厳を持たせようとはせず、ちゃんとお客さんのことを思い、これからの時代についても想像する。それでもって、自分はこういう作業が、ただ好きだから、この仕事をするのだという、服部さんの姿勢のようなものにも触れた気がした。そして筆者は、ある意味それはシンプルな生き方でもあり、とはいえ、誰にでも出来るようなことではないと感じながら、工房を後にした。