コンピュータは知性のための自転車だ(a bicycle for our minds)と言ったのは、故スティーブ・ジョブス(Steve Jobs)だ。Appleの共同創立者にして、MacintoshやiPhoneなどの革新的な製品の生みの親として有名なその人だ。自動車や散歩のエピソードが有名だが、自転車好きと言う話は聞かない。自転車に乗る写真もない。だが、直感と感性ゆえだろうか、見事にコンピュータと自転車を結びつけている。
要約すると、スティーブ・ジョブスは科学雑誌の記事を読んでいて閃いたらしい。人間は移動のエネルギー効率が悪く、生物ランキングでは下から1/3あたりに位置する。ところが、人が自転車に乗ると圧倒的に効率が良くなり、他を大きく引き離してトップに立つ。これこそがコンピュータのあるべき姿であり、知性にとっての自転車とでも呼ぶべき並外れた道具なのだと主張する。
つまり、自転車が我々の身体能力を何倍にも高めるように、コンピュータは我々の思考能力を何倍にも高める、というわけだ。見事な類推であり、鮮やかな比喩だろう。これを受けてAppleは”Wheels for the mind“なるキャンペーンを行っている。シンボル・マークは、Macintoshを腰にブラ下げて自転車で疾走する姿だ。当時も今もMacはそんなに軽くはないのだが、それほど軽やかな気持ちなのだろう。
さらに、Appleはウォール・ストリート・ジャーナルに一面広告を打つ。曰く「私たちがパーソナル・コンピュータを発明した時、それは新しい種類の自転車を創り出したことになります」。これはComputer and People誌に掲載されたジョブスのエッセイの抜粋であり、より丁寧に自転車からコンピュータを考察し、来るべき時代の指針を説いている。
注意しなければならないのは、この時代、すなわち1970年代から1980年代にかけて、コンピュータは極めて取り扱いが難しく、高価であり、一般の人が使うものではなかったことだ。一方、ジョブスが率いるAppleはコンピュータを誰でも使えるようにしようとしていた。そこで人々が理解しやすい比喩として自転車が選ばれたのだろう。その先見の明に感服せざるを得ない。
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