自転車と放蕩娘 (3) 美しき自転車乗り

舞台は19世紀後半のロンドン郊外。冒頭に映し出されるのは、木立の脇のさびしい一本道を自転車で走る、女性の姿。その直後にもう一台の自転車が現れ、女性の跡をつけていく。不穏な事件を告げる幕開けだ。

「美しき自転車乗り」は、アーサー・コナン・ドイルの推理小説「シャーロック・ホームズシリーズ」を原作とする、英国グラナダテレビ制作のドラマの第4話だ。原作に忠実と言われるグラナダ版のホームズ役は、ジェレミー・ブレット。今回はホームズにあやかって、女性自転車乗りを観察してみよう。

バイオレット・スミス:急を要するので土曜の午後にお邪魔を。
ホームズ:緊急の用件らしいが、健康のことではない。自転車は体力を要する。
バイオレット・スミス:よく乗ります。
ワトソン:ペダルの摩擦により、靴底の片側がすれている。
ホームズ:お見事。靴でわかる。
バイオレット・スミス:(微笑みながら)列車にも自転車を乗せます。今日もそうして。
ホームズ:失礼。仕事なので・・・。
(女性の手を取りさらに職業を分析)

シャーロック・ホームズの冒険1 第4話「美しき自転車乗り」

相談者の素性を鮮やかに推理していくあのお決まりの場面である。相談に訪れた主人公バイオレット・スミスの毅然とした態度と、ホームズとワトソンの息の合った推理。もちろん、ベーカー街221Bの女主人ハドソン夫人も一緒で、バイオレットを後押しすべく、ホームズとワトソンの会話に合いの手を入れる様子が微笑ましい。

台詞ではさりげない言葉遣いの中に、バイオレットが数年前に父を亡くし経済的に不遇ながらも、魅力的な淑女であることを匂わせる。話によると、彼女はロンドンからサリー州の辺境まで、ピアノ教師として通勤するために輪行しているらしい(!)。

原作が発表されたのは1904年。時代背景を考えるならば、自転車を移動手段に選ぶのは、知的で自立した女性の象徴だ。事件は、彼女がピアノを娘に教える名目で滞在するカラザース邸へ向かう一本道で起こる。むろん、冒頭に登場した自転車の男と無関係ではないのだが、思わぬ展開の中で自転車が重要な役割を果たしているように思えてならない。

さて、お気づきの方もいるだろうが、物語の展開に即していまいちど気になるのがタイトルの邦訳である。「美しき自転車乗り」はグラナダ版が日本に紹介された時のタイトルなのだが、原題は”The Solitary Cyclist”、すなわち「孤独な自転車乗り」と訳すのがふさわしい。「美しき自転車乗り」は明らかにバイオレットを指すが、原題ではもう一人の自転車乗りの男、あるいは両者でもありうるのではないか。自転車に乗ることと孤独は案外、相性が良いのかもしれない。

私は連載の第1回目で、数人のグループで走る楽しみにふれた。数人で同じ道を走りながらも個人の時間を楽しむ感覚は、自転車ならではだ。この楽しみは信頼感と適度な距離感があってこそなのだが、「美しき自転車乗り」では切なくも、自転車が男女のすれ違いを生み出している。縮められそうで、縮められない間隔。女性が振り返り、男性と見つめ合うにもかかわらず、相手が誰なのかを特定しきれない微妙な距離感。二人の関係の不安定さを演出するために、自転車が一役買っているように思えるのだ。

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