MIKOSHI RIDER セカンドシーズン

昨年度の「クリティカル・サイクリング」に引き続き、今年度は「MIKOSHI RIDER 実行委員会」が、公益財団法人 花王芸術・科学財団のメディアアート展覧会助成に採択された。 https://www.kao.com/jp/newsroom/news/release/2026/20260312-001/

「MIKOSHI RIDER」とは、昨年の東京舞台芸術祭内のプログラムで発表した、小型の神輿を搭載した自転車で街中を先導するツアーパフォーマンス作品だ。今回はこの助成金を活用し、実行委員会のメンバーがジンバブエでアート関連の仕事に携わっている縁から、日本とジンバブエの2カ国にまたがる新作を発表する。

ジンバブエでは、現地のアーティストに神輿の制作を依頼する。現地での神輿の巡行と同時刻に、日本でも我々MIKOSHI RIDERがサイクリングを行う。両者はスマートフォンのアプリを通じて通信し、音声やその場の雰囲気をリアルタイムで共有する試みだ。

果たして、ジンバブエのアーティストは「神輿」という日本の文化をどのように解釈し、どんなものを作り上げるのだろうか。今から楽しみでならない。

新しい企画を進める前後から、実行委員会のメンバーは日本とジンバブエという時差も環境も異なる両国間で、インターネットを介して日常的に対話を重ねてきた。約1万2千km、7時間の時差を越えて、互いの声や空気の気配が遅延なく届く瞬間。テクノロジーは単に「距離を超えるための道具」ではなく、「共にいる」ための媒介になるのだと強く実感した。

多くの日本人にとって、ジンバブエがどこにあるのか即答するのは難しいかもしれない。常につながっているはずの地球上のネットワークのどこかに、確かにジンバブエの人々の暮らしや息遣いがある。しかし私たちは、それに想いを馳せることなく生きてきたことに気づかされる。

新作では、日本とジンバブエの参加者が通信アプリ(Discord)の同一チャンネルに接続し、音声と映像を共有しながら同時刻に神輿巡行を行う構想をしている。全く縁もゆかりもない「友達の友達」同士、異なる歴史と環境を持つ両地の人々が、「共に移動する」という身体的行為を通じてゆるやかに繋がり、時差や空間を超えた友情のかたちを試みる。その実践こそが今回の実験であり、日本とジンバブエを結ぶ理由である。

二作目を構想している今、作品の核が明確に見えてきた。繰り返しになるが、それは「共にあること」だ。

前作《MIKOSHI RIDER – MAKE FRIENDS – 》では、自転車という身近な乗り物を媒介に、神輿のもとへ集った人々とともにグループライドを行い、他者と打ち解ける瞬間を探った。

前作の企画段階では、「アート作品としての批評性は何か?」という問いを延々と突きつけられ、随分と悩んだ時期もあった。しかし、これまでの自分の人生を振り返ってみると、大垣に住んでいた頃にクリティカル・サイクリングのメンバーと自転車で走った記憶や、とにかく燻っていた20代半ばに、当てもなく友人たちと集まって街をぶらついていた記憶が、たまらなく楽しく、人生の中でとても大切な時間だったことに気づく。

大人になると、残念ながら仕事の都合や家庭の都合などで、なかなかフットワーク軽く集合できない。今日はたぶん金曜日だが、僕の人生からは何年か前から華金が消えてしまった。ワークだけがある。しかし、神輿は、そんな大人たちでも自然に「人と人が集まるきっかけ」になりうるのだ。

神輿についてリサーチを進めると、それは自転車と同じく「モビリティ」であると言える。共同で行為を行う点や、バランスを取りながら動くという点では、自転車と重なる部分が多い。

今年の4月1日に道路交通法が改正され、自転車を取り巻く走行環境はますます窮屈になりつつある。しかし、神輿の巡行の際には一時的に自動車道をストップさせ、道路内における「移動の序列」を書き換え、いわば“神輿ファースト”の空間を作り出してしまう。法律が変わった今だからこそ、この事実が非常に興味深く感じられる。

神輿のあり方について考える中で、『神輿の社会学』という本に出会った。神輿の成り立ちや地域での受容のされ方に始まり、神輿を軸とした労働環境への批評や都市論まで展開されており、大変興味深い内容だった。

https://www.kadensha.net/book/b10155020.html

例えば、同書では神輿の運営を「中央集権型」ではなく「分散協働型」の組織であると指摘している(P32)。また、巡行の際、物理的な空間が単なる「移動のための空間」から「共同体が一体感を表現する空間」へと変容する(P131)という考察は、まさに私たちがMIKOSHI RIDERを通じて路上に生み出そうとしている空間の変容そのものだと言えるだろう。

MIKOSHI RIDERが目指すのは、単に奇抜な乗り物で街を走ることではない。 (いや、白状すると最初はただ遊び半分で、神輿を載せた自転車に乗りたいだけだったのだが)

テクノロジー、そして神輿というメディアが自転車と融合することで、日常の道路をどのようにハックし、私たちの前にどのような「共にある」風景を描き出すのか。ジンバブエの空の下と、ここ日本の路上で同時に立ち上がる新たな巡行の幕開けを、ぜひ楽しみにしていてほしい。

発表の時期と場所が決まったら、また改めて記事を書こうと思う。

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