Mobile Literature Step1

寿命を引き換えにする覚悟で、ありったけの「モビル文学」(英: Mobile Literature)を展示した結果、大量のフィードバックを得ることができた。現場で得られる生の人間の声や、空間を共有して初めて得られる気づきは、画面の向こうのAIと1億年対話するよりも遥かに価値がある。

今回の展示を通して、自分自身でもこれまで気が付いていなかった重要な観点を発見した。それは「視線のベクトル」と「文字の向き」の関係性である。

日本語の「縦書き」

テキストを自転車の進行に合わせて投影する際、日本語の「縦書き」は見事に運動のリズムと調和していた。自転車で前進する時、我々の空間認識は縦方向(奥から手前)に進み、縦書きのテキストは、この身体の進行方向と視線の移動方向が完全に一致するからだ。 以前、英語(横書き)で制作した際に、文字が読みづらく、自転車の速度とテキストの流れる感覚がどうも噛み合わなかったのはそのためだった。前進しながら視線を横に振ることは、脳に無意識のストレスを与える。縦書きの日本語は、モビル文学という移動表現において、そもそも構造的に相性が良かったのだ。

次に気づいたのは、「リリックビデオ」としての面白さだ。

※リリックビデオの歴史については、下記の記事が明るい。

振り返ってみれば、テキストを映像にコンバートする段階で、僕は常に四つ打ちなどのリズムや、言葉が持つ音感的な愉しみにこだわってコンポジションを組んでいた。 なぜそこまでリズムにこだわるのか。それは、僕の制作の根底にあるのは、いつだってビートルズやオアシスへの強い憧れで、なんとかロックスターになりたいという強い欲望があるからだった。そもそも「モビル文学」というネーミング自体が羊文学からインスパイアされており、作品の命名規則はASIAN KUNG-FU GENERATIONの『サーフ ブンガク カマクラ』へのオマージュである。僕はずっと、音楽をやりたかったのだ。

横書きの英語が持つ「読みづらさ」を克服すべく、英詞のリリックビデオを大量にリサーチした。そこで気づいたのは、単語を横に並べるのではなく「1ワードずつ連続で表示させる」手法の有効性だ。 早速、オアシスの名曲「ワンダーウォール」の歌詞を使って実験を行った。

結果は劇的だった。過去の英語で制作した作品と比較して、視点が一箇所に凝集されるため、移動しながらでも圧倒的に読みやすい(これは認知科学などで「RSVP:Rapid Serial Visual Presentation」と呼ばれる速読的手法にも通じる)。

英語で制作した過去作品

さらに、単語の切り替わりがダイレクトにビートと同期し、速度に乗って非常に気持ちが良い。今後細かい改良はあるかもしれないが、英語におけるフォーマットは一旦これで完成形と言っていいだろう。

続いて試したのは「漢字」だ。現代の中国では基本的に左から右の横書きだが、台湾や香港では今も縦書き文化が根付いている。縦書きで読まれる漢詩は、モビル文学と非常に相性が良いのではないかと考えた。

そこでプロトタイプを作り、路面に「般若心経」を投影してみた。 10年前にレジ打ちのバイトをしていた頃、退屈しのぎに般若心経を暗記していたことがある。音感的に明るいことに加え、一定のテンポで読まれる念仏は、最初のステップとして取りかかりやすいと考えたからだ。

動画を見てもらうとよく分かるが、こちらは全く面白くない。 原因は明確だった。読経のリズムが「一辺倒」だからだ。起伏のない等拍的なリズムは、空間に抑揚を生み出さない。前述の通り、モビル文学の真の面白さは、メロディの起伏やシンコペーションといった「音楽的なダイナミズム」とテキストが同期する快感にある。一定のリズムで流れるだけの文字は、単なる情報の羅列に成り下がってしまった。

一連の実験を経て、特に英語での「1ワード表示」のアプローチは、すぐにでも作品化ができる予感を得た。 縦書きの漢詩調のテキストも表示リズムを改良すれば十分に面白くなる。

ひらめきを形にし、事前に実験を済ませておくこと。そうすれば、いざチャンスが巡ってきた時に、研ぎ澄まされた刃を「ひょい」と出すことができる。モビル文学の進化は、まだまだ止まらない。

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