自転車を改造し、自らの力で虹を生み出す「虹チャリ」を制作した。車輪の回転に合わせ、進行方向の前方に霧が噴き出す。太陽を背にしてペダルを漕ぐと、光と水滴と走行者の視線が交差する瞬間、虹が立ち上がる。第二回の連載では、アップデートされた虹チャリver2.0と養老天命反転地でのイベントへの虹チャリの出展、福島県でのアーティストインレジデンスの進捗を報告したい。
①虹チャリver2.0

虹チャリの筐体を真っ白なママチャリにした。一つは、真っ白な自転車から七色の虹が出るという私のイメージから。もう一つは、自転車の文化史を振り返るとホワイトバイシクルという運動があった。ジョン・レノン(John Lennon)とヨーコ・オノ(Yoko Ono)による「ベッド・イン」(Bed-in for Peace)にも真っ白な自転車が登場する。ラブ&ピースである。虹チャリプロジェクトも愛と平和を歌っている。これらの理由から虹チャリver2.0では筐体をこのようにアップデートした。
チェーンなどの可動部品や反射板を除いて、真っ白に塗装したことにより、異質な存在感を得ることができたのは幸運だった。元が単なるママチャリだったとは思えないぐらい彫刻的形態としてかっこいい。
②「養老天命反転中!」への虹チャリの出展
養老天命反転地 30周年記念イベント「養老天命反転中!Living Body Museum in Yoro」のプログラムとして、ワークショップ「バランスからだ自転車」が2025年11月15〜16日に開催された。他のさまざまな自転車たちと一緒に虹チャリver2.0も出展した。両日とも天候に恵まれ絶好の虹チャリ日和であった。イベント全体に関しては、IAMASの先輩であり、アーティストプログラマーである志村翔太が詳細に記した記事があるので、それを参照して欲しい。ここでは、虹チャリに関する事項のみを述べたい。
様々な体験の仕方が観測された。自転車に乗れない子は、他の人が漕いでいる自転車を追いかけたり、サドルに座ってアシストしてもらいながら、虹が見える位置を探したりしていた。また、水が出るだけで大興奮といったところで、水遊びに興じる子供達もいた。二日間のワークショップで明らかになった問題点もある、ママチャリは小さい子供からすると、往々にして大きすぎるという点だ。今後の制作の中でより小さなサイズの虹チャリを制作する必要があると感じた。
また、鈴木が虹チャリに乗っているのを眺めるのが面白いという声が複数あった。これはあまり想定していなかった。あくまで虹チャリは乗ることで最も楽しさがわかる作品だと考えていたからだ。これを受けて改めて考えてみると、虹チャリにはパフォーマンスとしての側面もあることに気づいた。確かに、浪江町でも虹チャリを漕いでいると声をかけてくれる人が沢山いた。
③福島県浪江町での活動
筆者は現在福島県浪江町でレジデンス活動を行っている。2月初旬の成果展に向けて絶賛活動中である。11月20日から24日にかけて2回目の滞在を行った。
・虹チャリver2.0の輸送、組み立て
・虹チャリでビラ配りをする
・浪江で野宿してみる
・浪江十日市祭りへの参加
・虹チャリで請戸港に朝日を見にいく



12月22日と23日、震災以来15年ぶりに、かつての開催場所新町通りで十日市祭りが開催されていた。当日は100軒以上の屋台が並び、多くの人が祭りに参加していた。この祭りに実際に参加することが今回の滞在の目的の1つであった。前回滞在の際、仲良くなった浪江の人たちの多くが、この祭りのことを話してくれた。浪江にとって象徴的な存在なのだ。
最後に、虹チャリにのって朝日を見に行った。朝日が昇る前の真っ暗な道を進み、請戸港に到着。海へと伸びる防波堤を進み、朝日を眺め、港で虹をかけた。
請戸港もまた、浪江の人々にとって象徴的な存在である。震災以降、港が使えない間も請戸の海で操業し、近隣の港で水揚げしていたこともある。浪江にとって漁業はなくてはならない基幹産業であった。請戸港に船を係留できるようになってからは、請戸で水揚げして競りのできる相馬原釜の港まで魚を陸送するなどし、漁への思いを断ちきることなく復興の道を歩み続けてきた。そして、2019年10月に港湾施設、11月に漁港の復旧が完了し、毎年1月2日には、大漁旗をなびかせた漁船によって、1年間の海上安全と豊漁を祈願する「出初式」が行われる。次回の滞在では浪江で年越しも行う。実際に参加し、調査を行なう予定である。乞うご期待である。