自転車を改造し、自らの力で虹を生み出す「虹チャリ」を制作した。車輪の回転に合わせ、進行方向の前方に霧が噴き出す。太陽を背にしてペダルを漕ぐと、光と水滴と走行者の視線が交差する瞬間、虹が立ち上がる。虹とは、太陽の光が空気中の水滴に反射し、私たちの目に届くことで初めて知覚される光の現象である。オラファー・エリアソンは、この虹の性質を用いた作品を数多く制作し、以下のように述べている。
“Depending on where you stand and how you move and from what height or angle you look at it, you will see a rainbow. And of course, every person in this particular room sees a different rainbow.” (虹の見え方は、あなたがどこに立ち、どのように動き、どの高さや角度から見るかに依存します。そして、この部屋にいる誰もが、それぞれ異なる虹を見ているのです。)
東京都現代美術館「オラファー・エリアソン」展の関連講演会(2019年4月23日)より
エリアソンが語るように、虹は客観的なモノではなく、見る人の中で初めて生まれる、個人的な現象である。だからこそ、この虹は、まだ見ぬ土地で自転車を漕ぐ人にとって、進むべき道を照らす指標となる。太陽と地球、そしてペダルを漕ぐ私自身の身体が織りなすダイナミズムの中に虹は現れては消え、それがコンパスとなる。
動作原理はシンプルである。自転車用のダイナモで発電された電気が、ポンプに送られ、それがタンクの水を車体前方に設置されたノズルから噴き出すといった仕掛けになっている。

著者は普段詩人として活動している。これまでも自転車に乗って旅をしながら詩作に励んできた。本プロジェクトは、この活動の延長線上として取り組んでいる。著者が詩人として活動するにあたって、欠かせない存在である自転車を、もっと心地のよい存在にすることが出来るのではないか?そのように思案していたところ思いついたのが、自転車で虹をかけながら走る虹チャリプロジェクトだった。
そんな矢先、福島県浪江町でのレジデンスが決定した。福島県浪江町は、東日本大震災によって大きな被害を受けた町。県の東部、浜通り地域に位置する。福島第一原子力発電所から20km圏内にあり、震災と原発事故により全町避難となった。震災前は約2万人が暮らしていましたが、現在の人口は約2000人ほど。2017年に避難指示が浪江町の3割の地域で解除以降、インフラの再整備や新たな産業育成が進み、豊かな自然と伝統を活かした取り組みが展開され、復興に向け、新たな町づくりが行われている。
企画「自転車で虹を追いかけながら、浪江町を走る。詩をかく。記憶をつなぐ。」が採択され、IAMASの同期小峯とともに、2月まで断続的に滞在しながら制作を行うことが決定した。そして2月初旬の成果展に向けて、11月1日から8日まで、初回の浪江町での滞在を実施した。
今回の滞在では、①虹チャリへの改造、②浪江町での虹チャリを通じた交流、③配信のデモを実施した。
①浪江町で借りたママチャリを虹チャリへの改造する
滞在先でご好意により自転車を借りることができた。それ改造一部を施し虹チャリとした。改造した自転車に乗って、浪江町を散策した。

②浪江町での虹チャリを通じた交流
浪江町を実際に虹チャリで走り、晴れている日は虹を出しながら走ったり、虹チャリを通じて町の人たちと交流した。
③配信のデモの実施
虹チャリで作った虹を配信することで、世界に虹をかけることを計画している。

ここで挙げた以外でも、虹チャリを通じたイベントがたくさん発生した。コンビニの店員さんが声をかけてくれたり、警察の方が声をかけてくれたりもした。虹チャリの可能性を感じさせる非常に充実した滞在であった。
次回の滞在までに、虹チャリの期待をアップデートしようと考えている。ホワイトバイシクルに倣って、真っ白な筐体を作成する。真っ白な自転車から、7色の虹が出るイメージだ。また、霧を噴霧する能力の向上も行いたい。浪江での滞在の際、海岸近くで虹を出そうと試みた。しかしながらこの時は、やや曇り気味であったことに加え、水滴が海風で拡散してしまい、虹を現すことができなかった。噴霧能力を向上させることでこの点を改善できるのではないかと考えている。虹チャリバージョン2.0に期待大である。
虹チャリが生み出す虹は一人だけのものではない。虹チャリが街を疾走するとき、偶然それを見かけた子どもたち、お店の軒先で休む人々の視界にも、一瞬、虹がよぎるかもしれない。それは私の見る虹とは違う、その人だけの虹である。虹チャリが作り出す虹を共有することが言葉を交わすきっかけとなり、交流が生まれると信じている。実際浪江町でも虹チャリを通じた交流が生まれた。この虹が、みなさんにとっても、ささやかなコンパスとなるよう切に願いながら、今後もプロジェクトを進めていきたい。