Hangar(16) 自立する駐輪場

駐輪場というものは、たいてい薄暗い。地下にあるか、ビルの脇に追いやられているか、コンクリートや鉄骨が剥き出しになっているとか、いずれにせよ、自転車を停める場所に明るさを求める者はあまりいないらしく、蛍光灯か最近ならLED照明が申し訳程度に点いているだけのことが多い。私はそういう場所が嫌いではない。

「その自転車、スタンドはあるんですか、自立するんですか」

駐輪場の管理人に聞かれることがある。スタンドをつけておらず自立しない自転車で駐輪場に入るときは運任せである。立てかけられる壁か柱かなにかしらの支持体の側に駐輪できるかどうかにかかっている。前輪を挟み込むように止める駐輪装置があるときもあるが、運が良ければ暗い自転車置場のもっとも暗い壁際あたりに、寄りかからせて停めることになる。

「この自転車、折り畳まれるんですか、自立するんですか」

Bromptonを駐輪するために折り畳むときは儀式めいた手順になる。後輪ごと後ろ半分をひっくり返し、ボディを畳み、ハンドルを倒し、ペダルをタイヤにあわせ、サドルを下げる。折りたたみと展開を繰り返していくと、徐々に手順もスムーズにできるようになる。30秒あれば余裕をもって手順を完了できる。

しかし、Bromptonを駐輪する場合には、後輪を畳んで状態にしておくのが通常である。前輪と折りたたんだフェンダーに取り付けられた小型車輪2つの3点で自立する。自転車駐輪場に駐輪する間は自転車の形状であったほうが自然である。完全に畳んでしまうと、外形的に自転車として見られなくなってしまう。つまり自転車として「自立」していない、手荷物へと変化してしまう。

参考:自立するBrompton

シングルスピードで駐輪するときは、まったく自立できないため壁を支えにする。向かい側にも同じように、スタンドがなく壁際に駐輪されたマウンテンバイクの先客が停まっていた。我々は自転車として自立していないのかしらね、と、一時の隣人として気持ちを寄せてみた。

自転車に乗っていると、駐輪は億劫に感じられる。目的地をきめず、ただ自転車に乗ることを過ごしているような、まるで「阿房列車」で内田百閒が鉄道に好んで乗っていたような自由さで、駐輪を面倒なものだと感じてしまう。

駐輪場では自立しなくてはならない。この事実を知りながら、それでも何かに頼り続けてもいる。あまり胸を張れることではない。だから暗い片隅に居たくなる。

Bromptonは折り畳まれたときだけ自立する。形の上で自転車であることをやめて、はじめて三点で地面に立つ。シングルスピードは、壁に寄りかかったまま黙っている。どちらが正しい自立の形なのか、暗い駐輪場では誰も問わない。

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