Hangar(13) 青空の駐輪場

子供が高校を受験するにあたって、学校説明会がありそれに付き添いで出席をする機会があった。学校の教育方針に加えて、学校生活の特色や設備、クラブ活動、大学進学に関する情報など、様々なプレゼンテーションが行われていた。

その中で自転車通学の状況についての説明があり、駐輪場設備について紹介があった。そこで「我が校には、屋根付きの駐輪場と青空駐輪場があります」という話があった。ここでいう青空駐輪場とはどういうものであるのかも詳しく話されていたが、屋根がなく、路面は未舗装の場所が駐輪場とされているが、学校長と生徒とのやり取りがあった。

「駐輪場とは言いますが、ただ自転車が置いてあるというだけですよね」「そうですね、雨が降れば自転車は濡れますし、証明もありません。下校時間が遅くなって日が暮れていると自分の自転車を探すのも難しいぐらいに暗い、みんなスマートフォンのライトを使って探しているという状態です」

学校長と生徒とが苦笑いを浮かべながら話していたが、そこはよくよく考えれば奇妙である。屋根もない、舗装もない、照明もない。それでも「駐輪場」と呼ばれ、機能している。

この不思議さは、街中でよく見かける仮設駐輪場にもあるのではないか。駅前の空き地に、突然現れる紐やコーン、看板だけの空間。コンクリートの地面に簡素な区画線。それだけなのに、私たちはためらうことなく自転車を置いていく。

立派な駐輪ラックがあるわけでもなく、屋根があるわけでもない。ただの空き地が、なぜ「駐輪場」として機能するのか。

私が問いたいのは、こういうことだ。何が空間を「駐輪場」に変えているのか。

最初に目に入ってくるのは、たいてい看板だ。「仮設駐輪場」と書かれた紙一枚。それだけで、私たちの中で何かが切り替わる。言葉によって空間を「命名」している。物理的には何も変わっていない空き地が、文字によって「駐輪場」という許可を与えている、と言っても良いかもしれない。

名前がなくとも、自転車置場と認識するに足る状況が、青空駐輪場を作り出すこともある。

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