6月から8月末まで、ラーニングプログラム「都市と芸術の応答体2026」に参加する。これまでにも数回開催されてきたプログラムだが、今回のテーマは「弁証法的風景を〇〇する」。全8回のオンライン講座と、2回のオンサイトワークショップで構成されている。
第1回のオンサイトワークショップでは、芸術理論家、平倉圭さんによるレクチャーが、みなとみらい線・新高島駅構内にある「Art Center NEW」で開催される。以前に一度訪れたことのある場所だが、東京からの物理的な距離を自分の身体で確かめたくなり、ワークショップに参加する前に自転車で向かうことにした。
台地の起伏を突っ切る
五反田までは、一部ショートカットを挟みつつ、おおむね国道6号で日本橋へ出て、国道15号(第一京浜)で田町へ、三田からは国道1号(桜田通り〜第二京浜)を辿るルートを選んだ。頭のなかでは国道15号を南下するのが早そうなイメージがあったが、Googleマップは国道1号ルートを勧めてくる。
三田を過ぎるまではおおむね平らだったが、高輪台で坂を上り、五反田で下り、戸越で再び上っては馬込で下る。東西に走る武蔵野台地の複雑な起伏を、北から南へ力技で突っ切っていく。
荏原付近から先、第二京浜は首都高速の出入口端部からそのまま南下できるストレートな道になる。荏原で行き止まりになっている首都高2号目黒線には、実は川崎方面へ延伸する構想が古くから存在するのだが、実現しないまま「幻の計画」として塩漬けになっている。この道幅の広さは、その構想の名残なのかもしれない。
走りやすい道幅ではあるものの、低速で走るママチャリや軽快車を追い抜く際は少し神経を使う。途中で遭遇した警察官の自転車も、かなりのスピードで駆け抜けていった。
これまで横浜へは鉄道でしか行ったことがなく、自分の中の地図では、「東京〜横浜」の地名はすべて各路線上の駅名として点在しているだけだった。しかし自転車で走ってみると、名前だけ知っていた地名同士の位置関係がグラデーションのように繋がり始める。この感覚は、想像していた以上に興味深いものだった。
多摩川の弧と、対岸の工場
第二京浜を馬込からさらに先へと進む。地形のうねりをそのまま踏みしめるように、緩やかなアップダウンを繰り返しながら伸びていく。環七、環八との立体交差。頭上を鋭角に切り裂く鉄道の桁橋。都市インフラのスケールが次々と入れ替わっていく。
多摩川にぶつかったところで左岸堤防へとルートを変え、河口方面を目指す。Googleマップは国道1号をそのまま直進するよう勧めてきたが、せっかく多摩川に来たのに走らない手はない。緩やかに弧を描く川と、それに沿って伸びる堤防。河川敷の幅は、荒川と比べるとコンパクトで平坦だ。堤防自体の高さにはどこか長閑な佇まいがあるが、そのすぐ際まで高層マンションの壁面が迫っている。視線を対岸へ向けると、巨大な工場がいくつか静かに佇んでいた(のちに位置関係を確認すると、湾曲する川の立体構造が見せた視覚的な錯視だったとわかった)。
対岸の河川敷に垂直に伸びるまっすぐなアンテナが目に留まる。「ラジオ日本」のAMラジオ送信所だ。その無骨で凛とした立ち姿が美しい。
下流に進むにつれて河川敷は急速に広がり、サッカー場や野球場がグリッド状に規則正しく並ぶ風景へと変貌する。いくつかの橋梁のアンダーパスを潜り抜け、第一京浜の橋である六郷橋で川を渡り、川崎市に入る。
巨大な「分断」としての第一京浜
通り沿いは、駅周辺の雑然とした商業的喧騒から適度に切り離されている。旧東海道のルートを踏襲した歴史のレイヤーと、明治の「一號國道」であったプライドが、均整の取れた街並みの管理体制に透けて見えるようだ。ちなみに現在の号数では国道15号にあたるこの第一京浜こそが、明治期の「一号線」そのものである。いま国道1号を名乗る第二京浜は、後年になって新道側が1号の名を引き継いだ、いわば「二代目」にすぎない。
横浜へ向かう途中、Googleマップはしきりに臨海部(海側)ルートへとナビゲートを試みてくるが、それを無視して国道15号を維持する。川崎から横浜にかけて、ロードサイドの風景は多様なグラデーションを描きながら変化していく。
首都高速の高架が作り出す暗い影をくぐり、キリンビールの巨大な工場群を通り抜けると、風景の密度が一気に都心のそれへと変貌を遂げる。第一京浜はその幅員をさらに広げ、街を左右に切り離す「巨大な川」と化す。対岸のブロックへ渡る手段は限られ、道路そのものが巨大な分断壁として機能し始める。
都市インフラのトラップと、新高島への到着
やがて到着した横浜駅周辺。ここではあらゆる交通インフラが立体的に折り重なり、押し寄せるビル群とともに強い視覚的圧迫感をもたらす。信号待ちの際、視界に入った「日産グローバル本社」の方へ進路を取った。しかし導かれたのは、「そごう」の車寄せへと繋がる、自転車進入禁止の地下スロープだった。都市インフラの仕掛けたトラップに、見事にはまってしまう。仕方なく自転車を肩に担ぎ、階段を使って自力で地上へと這い上がった。
気を取り直し、地下鉄新高島駅に直結する「Art Center NEW」を目指す。都市の隙間に埋め込まれたような、分かりづらくも空いている駐輪場に車体を収めて地下に降りると、周辺はイベントに集まった家族連れや子どもたちで大盛況だった。
NEWの上の広場で、コーヒーを啜りながら走行中に撮影したアクションカメラの映像プレビューを確認する。……と、ここでトラブル発覚。バッテリーが途中で切れていた。子安周辺以降の映像がまったく撮れていなかったのだ。モバイルバッテリーは常時接続していたものの、カメラ側のバッテリーが100%になると給電がストップし、一度USBケーブルを抜き差ししないと再給電されないという謎仕様。それを途中で確認するのを忘れていた。とはいえ、行程の大半と全容の記録は残っていた。良しとしよう。
自宅から新高島までの約38km。点としてしか認識していなかった都市の地形は、自転車を走らせることで、大いなる緩やかさをもって一つに繋がっていた。
ワークショップ当日は、レクチャーを聴いたあと、横浜のダイナミックな地形を満喫するフィールドウォークを行うという。今回、自宅からこの街まで坂を漕ぎ続けてきたことで、横浜の起伏はもう「行った先にある観光地の地形」ではなく、生活圏からそのまま延びてきた地続きの風景として身体に刻まれている。その続きを、今度は歩いて足元から解剖していく時間が楽しみだ。
※本稿は前後編の前編です。後編では、実際のワークショップ当日の様子(すでに開催済み)についてレポートする予定です。