2025年にYouTubeへ公開した走行ルートを1枚の画面に重ねてみると、東東京の低地にくっきりと刻まれた軌跡が浮かび上がった。
収録ルートについて
マッピングしたのは、2025年に公開したルートのうち主に東京近辺のもの。1回の走行を複数の映像に分割している場合はその回数分を重ねてプロットしている。名古屋や大垣での走行、およびクリティカル・サイクリング展の展示用に別途撮影したルートは今回の集計から除外している。
三つの走る動機
東東京の低地(テイチ)を主なフィールドとするプロジェクト「teichi ride」(テイチライド)の走行データを眺めると、その動機はおおよそ「ただ走る」「展示を見に行く」「作品を制作するために走る」の三つに分類できる。
「ただ走る」場合も、ルートはその日の朝に即興で決める。水元公園や大島小松川公園といった定番の結節点を持ち、そのバリエーションをどう再構成するかという試行が日々のベースになっている。走行は基本的に一人だ。土地のトポロジーと身体が1対1で向き合うこのプロセスは、他者との共有を前提としない、内省的な時間でもある。
荒川から日光街道へ
2025年は、クリティカル・サイクリング展に向けたリサーチがルート選択に大きく作用した年だった。
当初は「荒川」を巡る作品を念頭に沿川を走り続けていたが、夏前に松尾芭蕉の『おくのほそ道』をモチーフとした構成へ切り替えることを決め、リサーチの軸線を日光街道へ移した。
深川芭蕉庵や関口芭蕉庵といった都内の史跡を巡りながら、時には春日部まで足を伸ばす中で、かつて芭蕉が移動した距離のスケール感を、ペダリングを通じた身体感覚としてリアルに測ることができた。文学的な追体験ではなく、移動と身体の関係を捉え直す実体験として。
なお、本番で使用した南千住から草加までの映像は展示用に別途撮影したものであるため、今回のルートまとめには含めていない。
領域の拡張——埼玉、そして都心
東東京の低地を越えた走行も、いくつかの発見をもたらした。
埼玉方面へは、大宮でのイベントや志村翔太氏らによるツアー型パフォーマンス「“夜騎開封” さいたま←→鄭州」への参加を目的に走った。芝川沿いで目にした広大なランドスケープは、低地の過密な都市空間とは異なるスケール感を新鮮に突きつけてきた。
都心部では、選挙期間中の国会議事堂周辺や、地政学的緊張が高まる時期の各国大使館周辺を走った。国や地域によって周囲の警戒度の温度差はまるで違う。その肌触りを剥き出しの身体で通過しながら受け取ることは、いまの社会情勢をリアルに実感する契機になった。
境界とこれから
2025年の軌跡から浮かび上がったのは、自分の行動範囲の明確な「境界」だ。これだけ多様なルートを走りながら、江戸川を一度も越えておらず、多摩エリアにも足を踏み入れていなかった。この偏りは、私の身体と批評的関心が東東京の低地というトポロジーにいかに深く根ざしているかを、逆説的に示している。
2026年に入り、年明けには千葉市まで走ったが、その後は個人的な事情で自転車を離れる時期を挟んだ。フィジカルな変化を自覚する瞬間も増えてきた。
2025年のログをひとつの区切りとして、ブランクと身体的変化を経た現在地から、これからの半年でどう自転車というメディアと向き合い、新たなテイチライドを動かしていくか——その方法論を、これから探っていきたいと思っている。