Obvious Bicycle

Vampire Weekendの3rdアルバム『Modern Vampires of the City』の1曲目は、「Obvious Bicycle」というタイトルで始まる。

Obviousは日本語に直訳すれば「明らかな」という意味だ。つまり「Obvious Bicycle」は「明らかな自転車」ということになる。しかし、「明らかなチャリ」とは一体何なのか。そもそも曲の歌詞の中には、BicycleやCyclingといった単語は一切登場しない。

それでも、この曲には自転車の気配がある。

曲は、早朝の街の描写から始まる。柔らかな光の中で都市が少しずつ立ち上がり、その風景の中に独白のような言葉が重なっていく。これはあくまで想像だが、そこには、自転車に乗って朝の街を移動している時の感覚があるように思う。サイクリングをする人間なら何度も経験したことがある、地点Aから地点Bへ向かうあいだに、風景が少しずつ更新され、それに伴って感情や思考もまた微妙に変化していく、あの感覚である。

移動は、常に時間を伴う。自転車での移動は、徒歩よりも速く、自動車よりも遅い。だからこそ、街の変化を身体で受け止めることができる。風景は一瞬で通り過ぎるのではなく、少しずつ自分の中に流れ込んでくる。「Obvious Bicycle」に流れているやり切れなさは、そのような移動の中で立ち上がる思念の移り変わりのようにも聴こえる。

『Modern Vampires of the City』は、フロントマンであるEzra Koenigによる一貫したコンセプトのもと、曲が練り上げられ、適切に配置されたアルバムだ。そこには、遠くの世界への羨望、生と死、都市で生きること、そして成功の後に訪れる混乱のようなものが折り重なっている。

その感覚は、3曲目の「Step」でより鮮明に語られているように思う。「Step」のビデオには、ニューヨーク市内の風景が多数登場する。橋、通り、ビル、地下鉄、川沿いの風景。観光地としてのニューヨークというより、そこに住む人間の記憶の層としてのニューヨークが映し出されている。

Back back way back I used to front like Angkor Wat
Mechanicsburg Anchorage and Dar es Salaam
While home in New York was champagne and disco
Tapes from L.A. slash San Francisco
But actually Oakland and not Alameda
Your girl was in Berkeley with her Communist reader
Mine was entombed within boombox and walkman
I was a hoarder but girl that was back then

Vampire Weekend / Step
ビデオの中にニューヨーク市内の風景が多数登場する

Ezra Koenigはコロンビア大学で文学を学んでいた時に(僕が尊敬するポール・オースターの後輩に当たる)、同級生たちとVampire Weekendを結成した。その後もニューヨークに根を張って活動してきた人物である。そう考えると、「Obvious Bicycle」の1曲目に描かれる街の気配も、ニューヨークでのサイクリングとして読み取ることができる。

自転車は空を飛べないし、光の速さで移動することもできない。どこまで遠くへ行っても、自分から逃れることはできない。むしろ自転車に乗ることで、都市の風景と、自分自身の思考のズレが少しずつ明らかになってしまう。

『Modern Vampires of the City』をリリースした29歳のEzraにとって、自転車はニューヨークの日常から遠く離れた場所へ連れていってくれる乗り物ではなかったのだと思う。むしろそれは、どこまで移動してもなお、自分がこの都市の中にいることを明らかにしてしまう乗り物だったのかもしれない。

「Obvious Bicycle」とは、明らかな自転車ではなく、自転車に乗って明らかになるもののことを歌っているのだ。

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