能楽の演目「道成寺」は、現存する最古の演目のひとつであり、シテが白拍子として登場し鐘に執着する女の執念を演じる、能の中でも屈指の名作とされる。その舞台となった実在の寺が、紀州・日高川のほとりに静かに立つ。折りたたみ自転車BROMPTONを輪行袋に詰め、この謡跡を目指した。

折りたたみ自転車の輪行は、そのコンパクトさゆえに新幹線でも在来線でもほぼ問題なく乗り込める。旅の選択肢が格段に広がる。

御坊市方面で輪行を解き、BROMPTONで川沿いの道を海に向かっていく、すぐに広大な海が迎えてくれた。この海岸は、遮るものが何もない。
川の整備は非常に堅牢にできており、橋や川沿いの高台もわかりやすく設けられている。南海トラフ地震という2026年現在の世界が抱える不安が、現実の備えとなって見ることができる。

樹の深い緑が頭上を覆い、木漏れ日が地面に揺れるトンネルのような遊歩道。サイクリングというよりも、まるで参詣道を進むような感覚だった。続いて松林。背の高い松が立ち並び、幹の間から白い空と海面がのぞく。この土地固有の景観が、これから訪れる古刹へと、能の謡のように展開されていく。

煙満ち来る小松原。急ぐ心かまだくれぬ。日高の寺に。着きにけり。
能「道成寺」

JR紀勢本線には「道成寺駅」という小さな無人駅もある。電車でのアクセスも可能だが、自転車で走り、風景を経て到着したことで、道中の海や松林も含め、すべてが旅の一部になっていた。それが輪行旅の醍醐味である。
能「道成寺」の話をしておく。
昔、安珍という旅の僧に恋した清姫は、安珍を追い続けるが、逃げた安珍が道成寺の鐘の中に隠れると、清姫は執念のあまり蛇体となって鐘に巻きつき、鐘もろとも安珍を焼き殺したという。その後、清姫の怨霊は鐘とともに道成寺に祟り続けたとされる。
この昔話の後日談から、能「道成寺」は始まる。物語が終わったあとを、改めて訪ねゆく。そこにはかつて人々が生き、想いを乗せ、楽しみや苦しみを感じ、一生を終えた跡がある。謡跡とはそのような場所である。


境内の解説板には、「能楽師や歌舞伎役者は、この道成寺を訪れる」と記されていた。謡曲の愛好者の憧れの聖地でもあり、舞台に立つ前にこの地を詣でて清姫の怨霊に思いを馳せ、道成寺の石段六十二段を登ることで、かつてそこで繰り広げられたかもしれない出来事を演じることへの、覚悟を新たにするのではないだろうか。

輪行で旅をすると、電車の中と自転車の上という二つの時間が交互にやってくる。道成寺を跡にして、駅で電車の到着を待つ。ここに、自分を慕って追いかけてくる人がロードバイクで駅まで一目散に走ってきたらどうするだろうか。普通に怖い。
