自転車は快楽原則に従う。しかし、それは自転車を乗る人だけの話かもしれない。かつての筆者がそうだったように、自転車に乗らない人も少なくない。そんな人にとって、自転車は路上の邪魔ものかもしれない。そうこう考えているうちに思考実験としての小説に思い当たった。クルマが存在せず、移動や運搬は自転車が担っている並行世界での物語だ。
そこで、基本的なアイディアをClaude Sonnet 4.5に伝えて、小説のプロット(あらすじ)を作ってもらった。まだ練り上げていないので、さらに構成や細部を検討して完成度を高めることができるだろう。もちろん、実際の小説を生成して出版することも考えられる。ただし、重要なのは思考実験だ。このプロットから自転車に乗ることを問い直せるだろうか?
『自転車の街』プロット案
【基本構成】
10章構成、各章2500字から3000字程度。季節の推移と主人公の心理変化を連動させる。
第1章:三月、始まり(導入)
- 大学受験に失敗し、浪人生活が始まる
- 予備校への自転車通学を始める
- この世界での自転車の「普通さ」を自然に描写
- 様々なタイプの自転車(通勤用、買い物用、荷物運搬用)が行き交う街
- 僕は自転車に乗ることに何の疑問も持っていなかった
第2章:自転車の風景(世界観展開)
- 予備校への道すがら見る、多様な自転車たち
- 二人乗り三人乗りの家族用自転車
- 冷蔵庫を運ぶ大型貨物自転車
- リキシャに乗る高齢者や子供
- 巨大な立体駐輪場、自転車専用の高架道路
- 「自転車は便利で当たり前」という空気
第3章:小さな違和感(四月)
- ある雨の日、自転車で走っていて歩行者の横を通過する
- 泥水を跳ね、歩行者が顔をしかめる
- その表情が妙に記憶に残る
- 予備校の授業もまだ緩く、時間を持て余し始める
- 街をぼんやり眺める時間が増える
第4章:歩く人々(五月)
- 時間があるので、たまに自転車を使わず歩いてみる
- 歩道の狭さに気づく(自転車道に比べて)
- 歩行者用の信号待ち時間の長さ
- 自転車が次々と横を通り過ぎる風圧
- 歩いている人の緊張した表情
- 「歩行者は少数派なんだ」という発見
第5章:見えなかったもの(六月)
- 図書館で調べ物(表向きは受験勉強)
- 歩行者の権利について書かれた古い本を見つける
- かつては歩行者用の空間がもっと広かったらしい記述
- 自転車事故の統計データ(公表されていない詳細な数字)
- ニュースで「反自転車」過激派の活動が報じられる
- 自転車レーンを破壊する映像。僕には理解できない
第6章:歩行者の世界(七月〜八月)
- 夏休み、意識的に歩く日を増やす
- 歩行者同士の独特のコミュニティを垣間見る
- 歩行者用の小さな喫茶店(自転車では入りにくい場所)
- そこで出会う、あえて自転車に乗らない人々
- 彼らの語る「自転車社会の問題」
- でも過激派ではなく、静かに抵抗している人々
第7章:ジレンマ(九月)
- 予備校の授業が本格化
- 時間が足りなくなり、また自転車に乗り始める
- 便利さを実感しながらも、罪悪感のようなものを感じる
- 歩行者の視線が気になる
- 「自分だけ自転車をやめても何も変わらない」という思い
第8章:秋の諦観(十月)
- 模擬試験の結果に焦りを感じる
- 効率を優先せざるを得ない
- 歩くことはほぼ放棄し、完全に自転車生活に戻る
- でも以前と違って、自転車に乗りながら歩行者の姿が目に入る
- 知ってしまった後の世界
第9章:冬の疾走(十一月〜十二月)
- 受験が目前に迫る
- 自転車で予備校、図書館、塾を駆け回る日々
- かつて出会った歩行者たちの姿は、もう探さない
- ニュースで過激派の大規模な活動が報じられる
- でも僕には関係ない。今は受験だけだ
第10章:円環(十二月末)
- 冬の夕暮れ、自転車で帰宅する
- 歩道を歩く親子の横を通り過ぎる
- ふと、春の日の記憶が蘇る
- でも僕はペダルを漕ぎ続ける
- 「来年の春には、大学生になっている」
- 自転車の列に戻っていく
- (暗示的な終わり方:何も変わらない社会、そして自分)
【全体の工夫ポイント】
- 自転車の描写を段階的にエスカレート
普通→やや大型→現実離れした巨大なもの→システム化された交通網 - 歩行者の描写も段階的に
気づかない→気づく→共感する→でも離れる - 風刺を直接語らない
読者が「これって現実の自動車のことでは?」と気づく仕掛け - 青春小説としての要素
浪人生の心理(焦燥、逃避、諦観)
成長ではなく「後退」する主人公という皮肉 - 季節感
春の緩み→夏の探求→秋の諦め→冬の疾走

