Hangar(10) 川の駐輪場

木曽川の南岸、山の上に城の天守がそびえ立ち、北岸には渓谷の岸壁のような山が待ち構える。ここまでを舟に乗って川を遡って来たとしたら、ちょっと、あの場所は厄介そうな難所だな、という心地がしたことだろう。狭まった川幅で速くなる水の流れは、所々で荒れた波を立てる。中洲で別れるところでは、渦を巻きそうになっているところもある。

木曽川サイクリングロード

私は、舟ではなくて、自転車でこの木曽川のサイクリングロードを走ってきたのが幸運だったと言えるだろう。雄大でありながら猛々しく、また、おどろおどろしい川の流れに沿って、犬山城は在る。

川はまるで笛のようでもある。笛の管の中では、息が吹き込まれる歌口から、空気が急加速しながら管の出口に向かって流れていくその時に、甲高い音が鳴っている。川沿いの山々は壁となり、山が途切れたところは笛に開けられた指孔のように開く。壁、穴、壁、穴・・・と、管に沿って流れる笛の中の息のように、木曽の山から吹き込まれた川の水が渓谷の間を流れ抜けていく。

犬山は、そんな木曽川の喉元に当たるように、川に楔を打ち込むようにして、戦国から現代まで現存する天守を持ち、濃尾平野に響く鳴き声のような景色を見せている。

歩道部分と自転車道部分

木曽川サイクリングロードを自転車で行くと、大筋ではまっすぐに伸びるパイプのように道が伸びている。自然の川の流れはうねり、間借り、揺れている。そんな川の形に沿って自転車道はごく快適な程度に蛇行している箇所もある。真っ直ぐだけではないし、曲がってばかりでもない。時折、きゅっとした絞りがある。

それがこの自転車道の性質であるように思われる。この絞りが、笛の音に変化をもたらす指孔の開け閉めのように感ぜられるのである。

橋の工事中

舟には湊、自転車にはHangar。浅瀬や川幅の狭いところには橋が架けられる。流れが強いところは川岸が曲がり、土手が盛り上がる。水が溢れないように人の手によって堤が設けられる。川にはいろいろなものが流れ、川岸にはいろいろなものが転がっている。

猿尾(堤防)

河川に沿うサイクリングロードは最低限に人為的であるべきだし、川の自然の姿、あるがままの河原を走らせればよい、という訳にもいかない。木曽川の堤防には「猿の尾」という相性もあるらしい。猿の尻尾のような長くて曲がった堤防なのだとか。犬山の猿の尾。いかにも不協和音が鳴りそうではあるが、冴えた響きのする言葉の組み合わせだ。

タワーと駐輪場

この川の道をたどれば、大きな鉄とコンクリートのアーチが重なったタワーのふもとに駐輪場が有る。自然と人工物が入り交じる。竹を組んだサイクルラックも有る。川の流れも早くなったり遅くなったり淀んだり。曲がったり渦を巻いたり枝分かれもする。笛の音は管の中に生まれる空気の渦によって鳴っているのだろうか。笛師の一人は答えていう。実際のところ、よく分かっていない。笛の素材として使う竹を3本用意すると、うち1本はどうにも音の出が良くない、相性が良くないようなものがあったりする、ともいう。自然素材から楽器を作るときも、自然の川の流れに沿って道を引くときも、相性というものは案外大切なものだったりするのだろう。

竹Hangar

ならば疑問は深く沈んで考えず、川面をさらりと流してしまうのもいい。川の中で渡しが設けられたり、橋がかかっている場所には、その場所が選ばれたそれ相応の意味はあるのだろうけど、川の道に設けられた駐輪場たちに、この場所でなければならないという事情はこれといって見当たらない。けれど木曽川が奏でている音は鋭く、超常的な響きもある。

自転車で走っていると、大きな反響のような音が何度か聞こえてきた。橋桁の工事をする音だったかもしれない。渓谷のような山のヤマビコだったかもしれない。なにかの音が聞こえた、そんな場所に駐輪場があってもいいかもしれない。

思慮深そうに見えて案外さらりと流している、そんな駐輪場がいくつも備えられた川である。

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