Cycling Edge 37: さいたまの夜騎開封

3月上旬、さいたま市に向かった。ツアー型パフォーマンス「“夜騎開封” さいたま←→鄭州」に参加するためだ。すでに本サイトで紹介されているように、夜騎開封(やきかいふう)はシェアリング自転車に乗って50km離れた隣町に小籠包(灌湯包)を食べに行くこと。この他愛のない行動がSNSで拡散され、最盛期には20万人もの人々が参加している。当然、現地では交通渋滞で都市機能が麻痺してしまう。

当日の朝、殊勝なことに集合の1時間前に最寄り駅に着く。だが周辺にはシェアリング自転車がない。かなり離れた場所にはあったものの、バッテリーの残量がごく僅か。それでも仕方がないと借りようとするとシステム・エラー。20万人どころか1人の人間も移動できない体たらく。何とか自転車を借りて集合場所に向かう。途中で充電された自転車に乗り換えるライフ・ハックを発動。

このツアーではスマートフォンとイヤフォンを渡される。イヤフォンからは深くゆったりとした声音で物語が語られる。画面にはAR(拡張現実感)として奇妙な物体が眼前に浮かぶ。事前には説明されていないツアーの深層が徐々に明らかになる。ただ、筆者はオーディブル系に弱いので、十分に聞き取れなかったかもしれない。それゆえに若干混乱とともに不可思議な体験が続くことになる。

先導者に率いられた数人の自転車旅団は住宅地から郊外へ抜ける。田園、市街地、高架道路、川辺、森林公園などを巡っていく。その先々で自転車を停めて語りに耳を傾け、仮想物体を見やる。音声が簡単な身体動作をいざなう。時間と空間を行き来し、内省と希求を漂う。曇り空のもと、冷たい風に雪が舞い始める。疲労を感じ始める頃には、どこからか軽快軽妙なチャイニーズ・ポップが聞こえてくる。

(バッテリー切れで途中で録画が止まっており、全体の8割程度が記録されている)

今いるのが過去なのか現代なのか、日本なのか中国なのか、曖昧模糊としてくる。やがて鏡面のような川の遠く先に蜃気楼のように高層ビル群が浮かび上がる。マジック・リアリズム的な物語の終着点だ。こうして2時間半ほどに渡ったツアーが完了。日常を離れた瞑想のような体験が終わる。だが、ここからまた自らの生を紡いでいくのだろう。彷徨して巡った感覚が微熱を帯る。

さて、このツアーは自転車イベントと芸術パフォーマンスの稀有な結合だった思う。静と動、身体と環境、現実と仮想、さまざまな様相が渾然一体となって参加者に迫ってくる。私たちは鑑賞する者ではなく行動する者になる。しかも制度として守られた人工空間ではなく、本質的に過酷な自然環境のなかで、だ。それをテクノロジーが支持する二重構造であることも現代的であった。

今回は「試演」との位置付けなので、今後の展開に期待がふくらむ。それは単にツアーとして作品の完成度が高まることに留まらない。そう、夜騎開封が自転車で出かける「だけ」だったように、何気ない行動が大きな流れを生むかもしれない。些細な仕掛けが私たちを鼓舞し、社会や環境を問い直す。それこそがデモや暴動ではなく、ビジネスやアカデミアでもなく、アートが果たす役割のひとつだろう。

それゆえに今後の要望も記しておきたい。まず、安全については十分に配慮されていたもの、未舗装の畦道や市街地の狭い側道は走りにくく、少し危険を感じたことも事実だ。実は翌日に走行したサイクリング・コースは安全で快適だったので、そのような場所も取り入れて欲しい。逆に作品の性格として悪路を要請するならば、ロング・ライドやグラベル・ライドへの展開も考えられる。

また、筆者が利用したシェアリング自転車は、再配置問題を含めてシステムの不備が目立ち、自転車自体も長時間の利用には適していなかった。しかも中国のポートレス型とは違って、システムをハックするような使い方はできない。そこで日本におけるシェアリングの限界に挑む作品は考えられないだろうか。それこそが自転車が本来持っていた革新性であり、社会的な意義に繋がるはずだ。

さらに、スマートフォンも利用しにくい面があった。複数のアプリを使い分け、耳にイヤフォンを付け、周囲に画面をかざすことは少なからず負担を強いる。ARでの現在位置推定の精度が悪く、特にスリープからの復帰時に混乱が生じた。一方で、どこからともなく聞こえてきた音楽は自然であり、印象深く感じた。そのような体験の洗練はさらに追求できると思われる。

総じて「“夜騎開封” さいたま←→鄭州」は作品の魅力とともに今後の可能性を強く感じた。当日は雪が降る程寒かったのに対して、翌日は晴れ渡り暖かかった。当然、体験の印象は異なっていただろう。さらに作品の季節や題材、そして場所を変えることも考えられる。それでこそ静的な造形芸術ではない、動的な実演芸術が本領を発揮する。このエッジ(先進性)に次回も参加できるだろうか。感謝、合掌。

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