コペンハーゲン、オウル、モントリオールに学ぶ冬の自転車利用環境整備

1月末、札幌の北海道開発技術センターにお招き頂き、「世界に学ぶ、冬の自転車走行環境勉強会」の講師を務めた(メインターゲットは行政やコンサルタントの方々)。武蔵野の民である私は北国の自転車事情には全く明るくないのだが、コペンハーゲン、オウル、モントリオールの冬季自転車利用と環境整備について改めてリサーチを行い、発表も好評だった(と感じている)ので、振り返りを兼ねて内容の一部をシェアしておきたい。

Lucien Davis R.I. による「雪の中を自転車でゆく」。後に夏目漱石も購読した大衆誌The Windsor MagazineのVol. VII(1897年12月~1898年5月)掲載。

コペンハーゲン

まずはコペンハーゲンをみてみよう。「自転車都市」としては世界のトップを争う街だ。人口は2024年10月時点で約66万人1で、札幌市のおよそ1/32。冬場の気温も札幌より暖かく、雪も降るものの量はずっと少ない。

コペンハーゲンと札幌の降雪量の比較(1日あたりの降雪量を前後合わせて31日間の平均で示している)。

札幌と比べると気象条件はずいぶんマイルドだが、コペンハーゲンも北国の街には違いない。1日の乗降客が平均10万人という中央駅3の風景からもそれは伝わってくるはずだ。駅の目の前の駐輪場は冬でも閉鎖されず、夜も除雪作業が行われている。

会場ではこれに続き、Franz-Michael S. Mellbinが撮影した、雪の中で自転車に乗るコペンハーゲン市民の写真から幸福そうな表情のものを何枚かお見せした。季節を問わずヒューマンスケールな移動ができることの価値を感じてもらうためだ。もちろん、日々の移動が常にニコニコ顔なんてことはない。だがたとえ雪に顔をしかめながらでも、空間のデザインとメンテナンス次第で自転車は現実的な選択肢であり続ける。

コペンハーゲン住民の75%が、冬の間もずっと自転車を使う。ベストな時期ではないが、その困難があってもなお、最も早く目的地まで到達できる移動手段が自転車なのである。自転車という選択肢を一年じゅう現実的なものにするには、どうすればよいか。行政はそれをちゃんと心得ている。午前8時までに、市内の全ての自転車道の除雪を完了させること。これが冬季の公式な指針だ。

Mikael Colville-Andersen, Copenhagenize, Chapter 2: Bicycle Urbanism by Design4
21世紀の自転車ルネッサンスを牽引してきたコペンハーゲナイズ・デザイン、その創設者Mikael Colville-AndersenによるCopenhagenize: The Definite Guide to Global Bicycle Urbanismの表紙。あらゆる年齢・能力の人が、普通の街乗り自転車で、ヘルメットなしでも不安にならず、並んで話しながら移動できる。そんな環境を意識的に作ってきたのがコペンハーゲンだ。
  1. 自転車道(=構造物で車の流れから分離された自転車走行空間)のネットワークを行き渡らせること。
  2. そして冬にはそこを優先的に除雪すること。

コペンハーゲンが示す北の自転車都市の基本レシピは実にシンプルである。もっと寒いオウルやもっと雪の多いモントリオールでもこのレシピは変わらない。

コペンハーゲン市内の自転車道の除雪風景。歩道の隣が自転車道、その隣がドアゾーン余白を挟んだ駐車帯、さらに隣が車道というのが基本レイアウトで(パーキング・プロテクテッド方式)、小型の除雪車が自転車道の雪を駐車帯の方へかき飛ばしている。Coolville feat.:The Life-Sized City, “Winter Cycling in Copenhagen – Viking Biking” (2020)より。

オウル

次に紹介するオウルは、フィンランド北部の中核都市。人口はおよそ21万5000人(2023年12月末)5と札幌の1/10程度だが、「冬季自転車利用における世界の首都」として知られる。降雪は札幌にはまだまだ及ばないもののコペンハーゲンより多く、寒さは札幌より厳しい。

オウルと札幌の冬の気温の比較。最高気温が摂氏0度をぐっと下回っている点に注目。

新しく3~4センチの雪が積もっても、車なら困りません。でも自転車で移動する人には問題になりえますし、高齢者が全く外出しなくなるおそれもあります。

「まとまった降雪が見込まれます。自転車道は朝7時までに除雪が完了しますので、車は家に置いて自転車でお出かけください」と私たちは市民にアナウンスするのです。

Harri Vaarala(オウル市の交通エンジニア)6

市内の小学生~大学生の5割超が自転車で通学するオウルでは、コペンハーゲンと同様、自転車道は車道よりも優先的に除雪される。自転車や歩行による移動の促進は、気候目標の達成に不可欠なピースであり、市民の心身の健康を支えるためでもある。日照時間の少ない土地では、単に身体を動かすだけでなく陽を浴びることもいっそう重要になる。シニアカー空間としても使われる自転車道の除雪は、高齢者が自分で移動できる環境を保つという意味も持つ。7 8

オウルの冬の通学風景。Mark Wagenbuur, “Winter Cycling in Oulu and Helsinki (Finland)” (2023)より。

極地に近いオウルの特徴の一つは、その際立った寒さだ。これは自転車利用に不向きな条件かと思いきや(自分はそう思っていた)、実はそうではない。しっかり寒い方が日中も雪が溶けず、コンディションが安定するからだ。オウル市では真冬には融雪剤を撒かず、表層部を除雪する。(後述の機材で)圧雪された路面は十分にグリップするので、特別な自転車やタイヤは必須ではない。オウルは米国型の道路計画が検討された1960年代の末、これを採用せずに自転車移動が最もダイレクトになる道路網を築いた先進都市でもある。9

オウル市の自転車・歩行ネットワークは320超のアンダーパスにより車道との平面交差を減らしている。Mark Wagenbuur, “Is Oulu (Finland) a city for year-round cycling?” (2023)より。
平面交差でも、赤い路面の基幹自転車ルートは車道に対し優先権を持つ(雪で隠れていれば標識で判断)。同記事より。

オウルの自転車・歩行ネットワークは900km超(車道は1000km)、夜間照明や投影式の路面標示を備え(積雪期でも自・歩それぞれのゾーンが把握できる)、広幅員のため車道と同じ機材と人員で優先除雪を行うことができる。10

オウルでのWinter Cycling Masterclassに参加した一行が撮影しているのは、除雪車のブレード。狭い幅のギザギザがついていて、これが自転車のタイヤが引っかからない程度の細い溝を刻み、圧雪路面のグリップを高める。Mark Wagenbuur, “Winter Cycling in Finland” (2023)より。
除雪作業などをリアルタイムで把握できるマップ。出かける前に見ておけば安心だ。
除雪のためのクラス区分が表示できるマップ。オレンジ色が基幹自転車ルートで、分類は唯一の「S」クラス。一部エリアの拡大表示ではあるが、基幹自転車ルートがネットワークの連続性からして突出しているのが読み取れるだろう。他の自転車道も、それぞれ同等クラスの車道より優先的に除雪される基準設定になっている。

基幹自転車ルートはどんな道よりも最優先で除雪される「クラスS」に分類され、40万ユーロ/年、1kmあたり3200ユーロ/年が投じられている(普通の除雪は1kmあたり2000ユーロ/年)。道の整備は種別により複数の行政機関に管轄が分かれるが、基幹自転車ルートの除雪は全て同じ業者が作業するため品質のムラが生じにくい。また、作業員は自分たちが担当したルートを自転車で走る義務を負う。利用者からのフィードバック次第でボーナスやペナルティも発生する。11 12

基幹自転車ルートの受注業者は冬の間に3回、沿道にテントを立ててユーザーに飲み物などをふるまい、道のコンディションについてフィードバックを得る(他にも複数の仕組みがある)。これも契約のうちだが、互いの顔が見えるとてもよい施策だと思う。現在の受注者Oulun Konetyöの投稿より。
「あらゆる年齢・能力の人のために、一年を通じて自転車を使えるようにする」。AAA=All Ages and Abilitiesは21世紀の自転車都市の合言葉だ。City Masterclass, “Oulu Region main cycling network winter maintenance contract” (2022)より。著者が日本語字幕をつけた「オウル市の主要自転車ネットワークの冬季除雪(2022年)」も興味があったら見てほしい。

早くから整備された優れた自転車(・歩行)ネットワークという素地を冬にも生かし、冷え込みの厳しさを味方につけた積極的メンテナンスを進めているオウルは、確かにこの領域で世界をリードする存在だ。

Mark Wagenbuur, “Ride in Oulu, Finland 1 (summer, partly vs winter)” (2023)より、オウルの自転車走行空間の夏季・冬季を比較している部分

モントリオール

今回の締めくくりは、カナダのケベック州で最大の都市モントリオール。人口はおよそ176万人(2021年)13と、札幌に並ぶ規模だ。冬の気温も札幌と同等レベルで、降雪量も札幌の3/4程度。ようやく正面から比較できる相手が出てきた感がある。市街地の(平面的)スケールも、札幌市とモントリオール市は割と近いように見える。

航空写真で見た札幌市街。海が近く、背後に山もある。
赤い線で囲われたのが「モントリオール市」。モントリオール島は大河の中州にあたる。

ここまでに名前の挙がった4都市を含む「代表交通分担率」(移動ごとのメイン交通手段の割合)を表で比較してみると、コペンハーゲンはやはり自転車利用度が抜きん出ているものの、車への依存度では(東京23区や大阪市より)札幌や名古屋の方に近い数値になっている。オウル(市街地の外を含む全市)は公共交通が弱いながらもこれらの都市から大きく後れをとってはおらず、自転車や徒歩による移動が貢献しているのが分かる。モントリオール(隣接自治体を含む「都市圏」全体)は自転車がわずか2%で、徒歩や公共交通の利用はそこそこだが、この中では最も車への依存度が高い。

国内データ:国土交通省「平成27年 全国都市交通特性調査 集計データ 都市別指標」/ コペンハーゲン:City of Copenhagen, “The Bicycle Account 2018” (2019) / オウル:Mikko Kärmeniemi et al, “Active transportation policy and practice in the city of Oulu from 1998 to 2016—A mixed methods study” (2022) / モントリオール:Ville de Montréal, “2050 City Vision” (PDF), p. 45

モントリオールについてもうちょっと細かく自転車の交通分担率を拾ってみると、モントリオール島に限定した場合は2013年2.8%、2018年3.3%と少し高くなる。市街中心部に限定すれば、2013年11.7%、2018年13.1%といった数字もある。これでやっと札幌市全体の10.6%(2015年)をやや上回るくらいなので、「どれくらいの自転車利用度を達成できているか」では、モントリオールはまだまだ、ともいえる。

モントリオールにおける2013年と2018年の自転車の交通分担率。Vélo Québec, “Cycling in Québec in 2020” (2021, PDF), p. 21より。

全市で自転車の交通分担率が2~3%というのは、2010年代半ばのロンドンやニューヨーク、パリと同等だ。いずれの都市も、低迷する自転車利用を社会全体のためにどうにか伸ばさなければ、という強いモチベーションを持って自転車インフラ整備を進めている。モントリオールも、2017年の新市長就任により本格的にそこに加わった。

今の利用者のニーズに応える、新しいインフラの整備が必要です。毎日自転車で移動している私には、どれだけ問題が多いかも、どれくらいニーズが大きいかも分かります。

多くのモントリオール市民が「日常的に自転車を使いたい」と思いながら、安全でない環境に命の危険を感じ、ためらっています。

Valérie Planteモントリオール市長(2017年)14

Plante市長の自転車政策の目玉は、2019年から実装が開始された基幹自転車道REV(Réseau express vélo)だ。それまでは車道混在か、自転車レーンがあったとしても構造物による保護のないペイントだけだったが、路駐車を壁として使う「パーキング・プロテクテッド」レイアウト(ニューヨーク市がデンマークを手本に2007年に導入、後に北米各地に広まった)を取り入れ、まず数本の中核路線が整備された。


パーキング・プロテクテッド式でたっぷりした幅員のREV。Oh The Urbanity!, “How To Build a Bike Lane that Breaks Records”より。タイトルからうかがえるように、REVの利用度は右肩上がりに伸びている。
ゆったりした自転車走行空間は冬季に除雪しやすい。同じ動画より。

日本の都市では車道の一部をペイントしただけのレーンや混在形態が増えているが、モントリオールにおける研究では、自転車利用者にとっての最大のリスクはどの季節でも車との混走であり、雪で車道が狭まりペイントだけの自転車レーンも埋まってしまう冬季には、このリスクがさらに顕著になる。エドモントンで行われた冬の自転車利用増進についての研究でも、車道混在マークは使い物にならないというのが利用者の共通認識で、求められている整備形態は構造物による分離だった。7 8 REVを軸にしたモントリオール市長の自転車政策はこうしたニーズに正面から応えるものだ。

冬季のアクセス

冬が来ても自転車利用は可能です。必要なのは適切な装備だけ。道路と同時、または少し後に除雪される自転車走行空間が多数あります。[…]

  • コンクリートの壁やポール等の構造物で保護された自転車道234km
  • 路面ペイントや標識で示された自転車レーン495km
モントリオール市の公式サイトの記述15

コペンハーゲン市やオウル市と同じく、モントリオール市は「冬は自転車には乗れません」などとはアナウンスしない。市のサイトに設置された自転車走行空間マップではどの路線が冬場に利用可能かも表示できる。

モントリオール中心部の自転車ネットワークのうち、夏季のみ利用可能な路線(総延長1065km)。濃い緑が自転車道(=構造物で車の流れから分離されている)。Ville de Montréal, “Montréal’s bicycle network”より。
除雪の対象となっていて冬も利用可能な路線(総延長729km)。Ville de Montréal, “Montréal’s bicycle network”より。
道路の除雪情報をリアルタイムで把握できるINFO-Neige MTL

モントリオールでは2009年に本格始動したシェアサイクルサービスBIXI(11000台/900か所、うち2600台は電動アシスト)が2023年から2024年にかけて試験的に冬季運用をスタート。スパイクタイヤや滑りにくいペダルの特別仕様車を1500台/150か所に配置したところ100万トリップ近い利用があり、好評を受け今季も2000台/200か所に規模を拡大して試験を続行している。

冬の晴れた日にBIXIで試してもらうのは最高の方法です。冬だからといって自転車に乗るのを恐がる必要なんてないんだ、と知ってもらうチャンスになります。

Magali Bebronne(自転車利用推進団体Vélo Québecのプログラムディレクター)16
2025年1月現在のBIXIウェブサイトのトップ画像。「BIXIは一年ずっと乗れますよ」との言葉とともに、様々なユーザーの可愛いイラストが、冬に自転車に乗るのはおかしいことじゃないよ、とのメッセージを発している。

まとめ

発表はざっと以上のような内容で、それから休憩を挟んで質疑応答タイムとなった。本会後の懇親会も含め、とても実りの深い時間だった。札幌はもちろん、他の日本の寒冷都市・豪雪都市も、季節を問わない自転車都市としてのポテンシャルをきっと持っている。この投稿がその可能性について考える材料になれば幸いだ。

脚注

  1. 外務省, “デンマーク基礎データ” (2024) ↩︎
  2. 札幌市, “人口統計” (2025) ↩︎
  3. DSB, “København H” ↩︎
  4. 日本語で記述・叙述されていない資料の翻訳引用は別記なき限り筆者による。 ↩︎
  5. City of Oulu, “Information on Oulu” ↩︎
  6. Laurel Ives, “How Oulu became the winter cycling capital of the world” (2023) ↩︎
  7. Laurel Ives (2023) ↩︎
  8. Sara Lilja Steensig, “Meet the bike-loving Finnish city that keeps pedalling even in the snow” (2021) ↩︎
  9. Sara Lilja Steensig (2021) ↩︎
  10. Laurel Ives (2023) ↩︎
  11. Mark Wagenbuur, “Winter Cycling in Finland” (2023) ↩︎
  12. Sara Lilja Steensig (2021) ↩︎
  13. Statistics Canada, “Profile table, Census Profile, 2021 Census of Population – Montréal, Ville (V)” ↩︎
  14. Philippe Tremblay, “What Valérie Plante’s election could mean for cyclists in Montreal” (2017) ↩︎
  15. Ville de Montréal, “Cycling and bike paths” (2024) ※なぜか途中で脚注からハイパーリンクが張れなくなってしまったので、これ以降の資料ページは検索で探してください。 ↩︎
  16. CBC News, “With winter rolling into Montreal, Bixi bikes studded and ready for snow” (2023) ↩︎

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