日月潭(リー・ユエ・タン、Sun Moon Lake)は台湾中央にある美しい湖。環島(台湾一周)サイクリングでも海岸線を離れて山間を抜け、わざわざ立ち寄るほど人気がある。世界で最も感動的なサイクリング・コースTOP 10に選ばれ、映画「南風」でも自転車旅の目的地になっていた。台北から高速バスに乗って約4時間。標高が高いので寒さも増した日月潭に降り立つ。小雨まじりの曇天が続く。
翌朝、日月潭の中心地、水社のジャイアント・ストアに向い、クロス・バイク型の電動アシスト自転車を借りる。これは日本からGiant Adventureで予約していた。サイトは中国語のみであるものの、ブラウザの翻訳機能でなんとかなる。また、店頭で緊急時の連絡のためにMeta系かLINEの相互登録を求められる。プライバシーの問題があるので使わないと言っても通じなかったのが難点。
こうして水社から湖を時計回りに走り出す。自動車道の脇を走ることもあれば、自転車専用道路を進むこともある。どちらも路面は整備されていて走りやすい。何箇所かは階段があり、超重量級の自転車を押し歩くのは辛い。必ずしも水辺ばかりではなく、緑豊かな山中を走る箇所も多い。今回は霧が立ち込めていたので、何やら怪しげな雰囲気。世界で最も不思議なサイクリング・コースかもしれない。
途中には展望台や船着場などがあるものの、多くは民家から離れた自然の中を走る。湖を半周ほど回ったところにある伊達邵老街は観光客で賑わっている。先住民である邵(サオ、Thao)族の料理店や土産物屋が並んでいる。その後は食事処がないので、ここでランチをするのが良かったかもしれない。そうとは知らず、その先で唯一あったカフェで中華アフタヌーン・ティーをいただく。
時計回りでの湖一周の終盤は、木を敷き詰めた道や水の上の道を走ることになる。このあたりが有名な「息をのむ」ほど美しいサイクリング・コースだ。出発点から反時計回りで走れば、すぐにこの辺りに来る。自転車を借りて気軽に楽しむにはピッタリ。実際にも多くの人が自転車に乗って歓声を挙げている。それまでの道路では自転車もクルマも少なく、ひっそりとしていたことと好対照。
観光客向けの自転車の多くは電動アシスト型どころか、ペダルを漕がなくても進む電動型だ。しかも2人乗りのタンデム型もある。このような重量級の自転車がパワーだけは強力に、しかも普段乗り慣れていないのか、不安定なバランスで突き進むのは、見ていて心許ない。過ごしやすい季節なら大混雑となりそうだ。そう思わせるほど多くのレンタル自転車が店頭に控えていた。
ところで湖岸からも見える小さな島、拉魯(ラル、Lalu)島は装飾性の高いモニュメントになっている。かつては珠嶼または珠子山と呼ばれた山が、ダムの建設によって水没して頂上部だけが残されたそうだ。この山は邵族の最高祖霊の居住地として信仰されていたので、単なる観光資源ではない。周囲を取り囲むフロートは何を意味しているのか。日月潭もかつての4倍の広さになっているという。
このようにして小雨と霧の中、風邪気味だったのがますます悪化する気配が忍び寄る。美しい湖を気軽にサイクリングと思っていたら、まるで修行か瞑想のようだった。だが、古くからの禁忌と信仰の対象であり、神話と祭儀の地であることを考えれば、それも相応しい。生命が尽きた後の精霊が集い、茄苳(アカギ)の大樹の下に最高位の祖霊が宿るという。そう、日月潭は生と死のエッジ(境界)だった。