「サイクリングを聴いてみたい」――そんな思いから、サイクリングの体験を音楽化する作品「Sound of Cycling – サイクリングが奏でる音楽」を制作した。
サイクリングをもっと楽しみたいというシンプルな動機から、運動であるサイクリングを“音”に変換し、“聴く”ことで新たな体験を生み出せるのではないかと考えたのがこのプロジェクトの始まりであり、生成された音をさらに“音楽”へと昇華させることが最終的な目的である。(本作は2023年度武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科の卒業制作作品である)
この作品は、自転車、本体に装着するセンサーとマイク、制御用PC、スピーカーで構成される。実際に自転車に乗って、ペダルの回転やブレーキ操作などとシンクロした音楽を、サイクリスト本人が聴いて楽しむという体験をもって完結する。
下記映像は、実際に走行して収録した音と動画をまとめたものである。2024年3月に開催された卒業制作展では、デモ動作可能な実車とともにディスプレイにて上映した。
この取り組みの制作過程について、これから何回かにわたって紹介していきたい。
サイクリングを音として捉えること
自転車をモチーフにした音楽作品の一例として、スポークやチェーンなどのパーツを鳴らした音をサンプリングして楽曲として構築したjohnnyrandomの「Bespoken」が挙げられる。音楽としてのクオリティは高いものの「サイクリングらしさ」は少ない。「サイクリングらしさ」とは、風切り音、ペダルを踏むリズム、ギアチェンジ時のカチッという音など、実際の走行で感じられる音の組み合わせを指す。自転車をモチーフにするというアプローチは共通しているが、筆者はサイクリングという行為自体を音楽に変換したかったので、方向性の違いを意識した結果、次第に『自身がこいでいる自転車が奏でる音楽をリアルタイムで聴いて楽しめるもの』というコンセプトが形になり始めた。
まずは自分が聴いてみたい音を想像し、収録した音源を元に音をミックスしイメージを作るところから始めた。次の動画は、卒業制作の企画プレゼンテーション時に使用したものである。
収録した風の音にうねりのあるエフェクトを加えることで、風に包まれる感覚を再現した。また、レバー操作やラチェット音をディレイで反復させ、リズム感を出した。この音を実際の自転車の操作や運転の状況、周囲の変化にシンクロさせることができればそれは「サイクリングが奏でる音楽」であると考えた。
それと同時に「音楽とは何か」「何を持って音楽となし得るのか」という、音楽の定義について深く考える必要性に迫られることとなった。
メロディ?ハーモニー?リズム?偶発的に生じた音の組み合わせは音楽と言えるのか?作為的な意図が介在していれば、それは音楽と言えるのか?
明確な答えは導き出せないまま、制作を進めていった。
(次回に続く)