本連載は建築と自転車を組み合わせた表現を通じて建築の静的なイメージを覆し、建築と移動が持つ新たな可能性を探求している。引き続き、自転車、光、造形的な模型・物体の相互作用に焦点を当て、どのような表現が可能かを探る。
自転車建築の概要
本記事で自転車建築の今後の展望を論じるにあたり、ここで一度その特徴を振り返る。
自転車建築は従来の建築における内外の分離関係が固定されている状況を超えて、映像によって外部情報が内部に取り込まれている。また、自転車に載せることで物理的に敷地に固定されることがなく、デジタルメディアを用いることで、スケール(建物の大きさや広さ)の制約から自由になっている。
自転車で街中を走行し、街の風景が模型の内部に映り込む様子は、まるで風景や出来事を「採取」しているような感覚を生み出す。日差しが強い場所では模型内の空間がホワイトアウトし、日陰では映像が鮮明に映し出されるという、動的な視覚効果が発生する。最終的には、走行した時間や場所の映像が、ある特定の街や時間における「観測物」のような作品としてアウトプットされる。
この特性を活かし、「風景を採取する自転車建築」と題した作品は、建築コンペで受賞を果たした。

コンペの審査員から「本作は記憶をインテリアデザインに変換する設計手法である」と指摘され、自転車建築のコンセプトをその方向性に沿って深めようと試みたのが前回の記事である。
前回の試みと自転車建築の本質的要素への立ち返り
自宅玄関の模型を自転車に載せ、映像を投影する実験を行ったところ、鑑賞者には地震や幽霊現象のようなネガティブな印象を与えてしまった。自転車建築の魅力を最大限に引き出すには、シンプルな空間形状、動きのある光(映像)、そして自転車の音が重要な要素であるように感じる。ディテールを細かく再現した模型は、これらの要素を複雑にし、結果としてその効果を弱めてしまっていた。

よって、自転車建築を作り始めた最初のシンプルな空間と光(映像)の関係性を再評価し、方向を再転換する。

建築との関連付け
自転車建築は身体のサイズに依存して空間の形状を決定するものではないため、空間形状を決定づける論理を見出すことが課題となる。自転車建築を始めた当初は形を決める具体的なルールが不在のまま、箱や開口のサイズを手探りかつ行き当たりばったりで検討していた。今後は建築の思想や歴史と関連付けながら、その形態論理を深掘りしていく。これにより、自転車建築の意義を建築と比較する形でさらに明らかにし、その特殊性を浮き彫りにすることを目指す。
幾何学
建築は通常、その土地の気候や文化、生産手段に応じて形状が決まってくるものだが、自転車建築ではそうしたシステムが存在しない。では、頼るべき基準がないとき、何を参照すればよいのだろうか。
建築では様式が崩壊した時に幾何学が持ち出された。それが近代建築の始まりである。
「建築は光の下に集められたヴォリュームたちの精妙、精確、壮麗な戯れ」であり、その光の下でくつきり浮かび上がる形こそが「立方体、円錐、球体、円筒形、ピラミッド型」などの初源的な形であって、それは万人に理解される美を持つ。
形を決定する論理 | 竹山聖
ル・コルビュジエによって宣言されたこのドグマこそが、近代建築の形を決定する導きの糸となったのであり、これはさまざまな形で変奏されつつも、多くの人々の心に、建築の底を流れる美学に触れる何かを感じ取らせる役割を果たし続けてきた。
こうした建築の背景に倣い、自転車建築も幾何学構成の美学を基盤に空間設計を推し進めることにする。
エティエンヌ・ルイ・ブレー
新古典主義建築の影響を受けた18世紀フランスの建築家ブレーは、装飾過多のバロック建築から装飾を排除し、幾何学を用い建築設計を始めた初期の建築家である。彼の計画案であるアイザック・ニュートンを記念した「ニュートン記念堂」には、屋内に人工的な星空を作り出す案と、アストロラーベ(天体観測機器)を配置する案という2つのバリエーションが存在する。この設計は自転車建築が持つ天空と地球の関係や観測的な側面と共鳴する。

(wikipediaより)
これまで制作してきた自転車建築の映像は、大聖堂を思わせる重厚さと神秘的な空間を感じさせるものが多かった。この特性を活かしつつ、幾何学的な形態を取り入れながら、空間の動きや光の変化が生み出す視覚体験を検討する。

次回は、ニュートン記念堂を参考にして作成した自転車建築をご紹介する。
参考文献
・https://traverse-kyoto-architecture.com/2015/02/01/形を決定する論理|竹山聖
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