8月頭、通算10回目の開催となる「きゃんつー集い」に出かけた。会場は諏訪湖南西のキャンプ場だ。各々がやりたいルートを走る自己完結したサイクリング、その交点としての野営地を示し合わせるのが集いのコンセプトだが、今回は知り合って10年近くなる自転車仲間のたけひーと同道することになった(これといってルートを決めていなかったらしく、声をかけたら乗ってくれた)。ここではその初日の様子をざっと記しておきたい。
スタート間もなく、ぬるいルートじゃないと気づく
自分のルートはシンプルな山越えで、平面上の距離にすればトータル30km程度だろうか。9時頃スタートで15時前後に到着できれば、と考えていた。結論から言えば、この見積もりは全く甘かった。
駅でたけひーと合流、輪行解除してコンビニでの買い物を済ませ、市街中心部から10分ほど走って山の取っ付きに至る。目当ての林道へは、村落を抜ける一本道を登る。地図(Google Mapsの平面)上で蛇行していないので緩やかに谷を詰めていくものと思いきや、これが普通に激坂だった。
キャンプ装備でフロント40T(シングル)、リア11-36Tだと正直しんどい。「手で掛け替えるフロントインナーを入れとけば」「いつも思うのについ忘れる」など話す。「フロントダブルはいいですよ」とたけひー。機材の違いもあるけど、そもそも奴は強い。
林道グラベル(舗装ミックス)ライド(&ウォーク)
なんだかんだで林道が始まり(鹿よけフェンスあり)、じわじわと登っていく。勾配が急な区間はコンクリート舗装、そうでない区間は粒の粗くない砂利道。ただし砂利は敷き直してからあまり経っていないのか、やや深いところがしばしばあった。
信州とはいえ盆地の市街はむわっと暑かったのに対し、林道は涼しいとまではいかなくても快適だった。場所によって微風が吹き抜け、二人して喜んだ。
でも基本的にずっと登坂で、平坦なトラバース区間はごくわずかだったと記憶している。舗装区間では特に「作業」感が強まり、体力の消耗の少ない押し歩きを選ぶことが増えた(自分の場合、速度もそう変わらない)。
少し前にステムを80mmから70mmへ短縮したのもデメリットの方が大きかったように思う。フロント周りに多めに積んだ荷物も影響して、登りでの前輪の倒れ込みを真っ直ぐに微修正するのにちょっとずつ余計なエネルギーを食われた(舵が敏感で反対に行き過ぎ易い)。
添え物のつもりがメインディッシュだった山サイ
標高1300mくらいのところだったか、道はいったんアスファルト舗装の開けたトラバースになり、そこから分岐した(通り過ぎてすぐ気づいて戻った)ややガレのダブルトラックを上がってハイクアップ(押し担ぎ)セクションに入った。
この押し担ぎがマジできつかった。その印象があまりに強いせいで、他のセクションがどうだったか思い出すのに苦労したくらいだ。久々の山サイということもあるし、キャンプ装備でがっつり担ぐこと自体をやっていなかったせいもある。
序盤は沢を源頭へ辿っていく形で、シダ類の繁茂するやや広い谷は既存とされるルートを読むのが難しかった。恐らく現行の道は地理院地図の点線とは少し違うところを走っている。ある程度まで登って沢の始まりの窪み(ごく浅く、涸れている)を過ぎたところで、尾根筋、ただし鞍部より先のところへ、針葉樹(たぶん落葉松)の林を直登気味にジグザクで上がることにした。枯れた枝葉の堆積した林床はフカフカで歩きにくく(そういうものだ)、林業用と思しき踏み跡を掴んでも、途中で曖昧になったり思った方へ行っていなかったりする。
何度か自転車を下ろして休憩しつつ、木漏れ日が注ぎ笹がワサワサ生えた尾根に到達。よく整備され踏みしめられたトレイルを発見し歓喜の声を上げたのもつかの間、残り200mアップの急峻な登りが待っていた。ハイカー向けにロープが設置されている箇所もあり、頼り過ぎないよう意識しながらジリジリと歩みを進めた。正午を過ぎても標高のおかげで涼しく、風も通っていたのがありがたかった。
道の険しさに加え、この先ではアブにも悩まされた。林道区間から、たけひーはスズメバチに、自分はアブとブヨに好まれていることがうっすらと分かっていた。スズメバチは別として、アブやブヨは人間が一定以上の速度で動いているうちはそう脅威にはならないものだが、自転車をヨタヨタ押し担ぐマヌケは絶好の餌になる。連中は地面に近い部位をターゲットにする傾向があるので、脚を露出させないのが効果的だ。しかし自分はキャンプでの防御さえできればと思ってレインパンツしか持たず、体温の上がる活動中でも我慢して着用できるレッグカバーは置いてきてしまった。
急登に喘いで足を止めると、すかさずくるぶしや脛、ふくらはぎにアブがたかってくる。休むことが許されない。「右足首にアブきてます!」とたけひーに言われ、自転車を担ぎながら左足でアブを拭い去るようにする。そんなことを数歩ごとに繰り返す。安定感の低いステップであることは議論の余地がない。道脇の笹藪の中を進む方が(ダニがつくとしても)アブ避けになる、というハックを思いついても、すぐにまた岩がちなところで無防備になる。なぜたけひーも脚を出しているのにアブが寄らないのか。虫除けを使っている風でもないのに。
「ごめん、マジきつい!」と本音をこぼすと、たけひーが「行くしかないっすね」とプッシュする。つらい。真の苦境におかれた人々、自由も尊厳も生命の手綱も他の人間によって奪い取られている世界の人々を想うと恥じ入るほかない、自らすすんで陥った馬鹿馬鹿しく地味な地獄で、虫たちに体液をちょっとずつ吸われて衰弱と痒みのうちに果てる、結局そんな人間がおれなのか、という考えもよぎった。振り払うように「ウルァ!」と声を出して勢いをつける。神輿の先頭(ハナ)を担ぐ時のエッサーエッサーエッサーエッサー!!!!で景気づけをすればよかったかもな。すっかり忘れてしまっていた。
こんな状況だったから、登りを終えてピークに辿り着いた喜びも相当のものだった。ヘロヘロで、無様で、何よりホッとしていた。たけひーとハイタッチし、感謝を伝えた。水をゴクゴク飲んだ。樹林帯を抜けるとアブは姿を消し、今度は強い陽射しが肌を刺した。もし単独だったらどうだったろう。尾根筋まで来られていたら、途中で自転車をデポしてピークへ上がり、バックパックを置きレインパンツを履いて自転車を取りに戻ったのではないかと思う。しかしそこに至る前の段階で、モチベーションが切れて下山していた可能性もある。自己完結という意味では全然なってない。
下り最高、なのにまたややこしい道をゆく夏
ピークの先は素晴らしい眺望に恵まれたトレイルが少々、それからアスファルト舗装の車道となっていた。獲得した位置エネルギーを解放し、ブラインドコーナーなのにやたらと突っ込んでくる対向自動車のドライバーの神経を疑いながら、自転車に人間が乗って進む時間を楽しむ。もう安心、余裕、と極楽気分でいたらどっこい、ちょっとした登り返しで右脚の内転筋が攣った。そーっと漕いでも歩いてもビキビキ。うおーやばい、と思って水と電解質タブレットを補給し少しストレッチしたら解消、再発なし。
舗装道路は尾根から少し西に逸れて標高を下げてゆき、そのまま辿れば街道の峠に至る。それが最も爽快でクイックなルートであることは間違いなかった。でも自分のやりたいサイクリングは、アドベンチャー性のある自転車旅、バイクパッキングだ。尾根からほぼ外れずに峠に下りる「林道」の存在を把握していたので、迷わずそちらへ分け入ることにした。
「林道」の実態は急傾斜のトレイルだった(計画時に地形図をちゃんと見るべきである)。たけひーは時刻も考慮し渋々といった感じ、とはいえ山サイ自体は好物だし自分よりも先輩で、「日照時間が長く気温も高い夏だからこそ色々チャレンジできる」とのこちらの言い訳に「それはそうですね」と応じた。ありがとう。
「林道」をひとしきり下ると、一般的な意味における林道との交差ポイントに出た。そこを過ぎるとしばらく登りになり、やがて再び峠へ向かって標高を減らしていくようだった。ちょっとうんざりし始めていた自分たちは、交差する林道の方にルートを切り替えて先ほどの舗装路に復帰することに。この林道も斜度こそぐっと緩やかになるものの、雨の時には川床になる(あるいはかつてなっていた)に違いないガレた路面のため乗車のチャンスは多くなかった。
林道を抜け無事に舗装道路に出ると、里まではすぐだ。夕方が近づいているというのに、諏訪盆地の湿気と暑さの中に身体を浸していくような感覚がはっきりとあった。朝からここまで、フルコースといっていい素晴らしいサイクリングだった。最低な気分のところも含め、こういうのを一緒にやれる友達がいて本当に嬉しい。
買い出し、そして集い会場へ最後のヒルクライム
さて、集いの会場はちょっとした山の上にある。行動中の重量過多を避けるため、この晩と翌朝の食料を自分たちは持参していない(補給食と非常食だけ)。しっかり買い物が可能なのは、諏訪湖と同じ高さまで下りた市街のスーパーのみ。つまり補給の代わりにヒルクライムが積み増しになるのだ。疲れているが、こういうのは慣れっこでもある。ため息を一つ吐いて坂を転がっていく。
買い出しを済ませ、住宅街の裏手へタラタラと登る。たけひーは鼻歌まじりで視界の先をゆく。ステムもだけど、サドルももっと前にセットしたい。どうも一漕ぎごとに自転車に人間が置いていかれるような感じがある。脚がタレ、サドルに預ける体重が増えておしりが痛くなる。暑くて乗り込めてないから、身体もできてないし、丸一日の活動に合ったポジションも出ていない。全て気候変動が悪い。それをろくに減速させられていないヒトの社会はどうしようもない。林の中からヒグラシの声が聞こえる。
まだ明るい午後6時半、自分たちはキャンプ地に到着、他の参加者各位と合流した。もっと遅くなった人もちらほら。今回は北海道、新潟、関西各府県、東京、埼玉などから、旧中山道のあっち側やこっち側なんかを駆け抜け、総勢15名を超える面々が集まった。林間サイトに様々な軽量シェルターが並び、中央には宴席が形成された。旅のことやルートのこと、さらには生活上のあれこれに至るまで、話題は尽きず、涼しい森の夜は更けていった。
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