3Dプリンタで制作した開放型ライト・シールはApple Vision Proに周辺視野を取り戻し、安全で自然な行動を可能にした。しかし、プラスティックの装着感は快適にはほど遠い。そこで製品のライト・シールを覆う布を取り除くことにした。もっとも、そのような前例はない。iPhoneなどデジタル機器の分解で有名なiFixitもライト・シールには手をつけていない。運を天に任せ、カッターナイフを突き立てる。
ライト・シールの側面を覆う布は極めて弾力性に富んでいるので、簡単に引き裂くことができない。ライト・シールの枠組みはプラスティックなので、強い力をかけるのは避けたい。色々と試したところ、先端が鋭利なニッパーで布を摘み切ることができた。これは裁ち鋏でも良かったかもしれない。僅かにでも穴が開けば、そこから布を切り開いていく。
布はライト・シールの枠の縁に巻き込まれて固定されている。そこで先端が細いラジオ・ペンチで縁近くの布を掴み、縁から引き剥がす。このあたりは華奢な構造なので、枠が変形しないように手で掴みながらペンチをゆっくりと力をかける。前側(デバイスに接する側)は簡単に剥がれるものの、後ろ側(顔に接する側)黒い布糸が残ってしまう。これは小さなハサミで縁近くを切って取り除く。
このようにして布を取り除いたライト・シールは造形的にも美しく、正統な製品のたたずまい。隠された部分ですら手を抜かないAppleの伝統が生きている。顔にあたるクッションはそのままなので、装着感は同じように快い。そして3Dプリンタでのプロトタイプで確認したように周辺視野が得られるので開放感と安心感があり、空間コンピューティングとしての体験性は格段に向上する。
Apple Vision Proを装着して自転車に乗る場合も、通常のライト・シールで感じていた恐怖感は霧と消える。左右や下方が認識できるので安心できるからだ。それゆえに思わずスピードを出してしまったと言う人もいた。まったく違和感がないと言えば嘘になるが、サングラスのようだとの意見もあったほど快適だ。筆者を含め数人の体験者の誰もがこのライト・アンシール(光の解放)を気に入っていた。
もっとも本来のライト・シール(光の密閉)は外光を遮断するためにある。それが失われるので映像の鮮明さは劣ることになる。室内なら気にならないものの、日中の屋外、特に真夏の強烈な陽光の下ではレンズ反射やフレアが生じて見えにくくなる。視線追跡も精度が落ちる。上部を覆えば幾分緩和されるので、遮光テープなどで工夫したいところ。もっとも曲面なので綺麗に仕上げるのは苦労する。
より本格的にはApple純正の半開放型ライト・シールの登場が望まれる。各面が取り外し式かシャッター式になっていて、開放型としても密閉型としても使えると良いだろう。電子式、つまりカメラとディスプレイによって周辺視野を得ることも考えられる。いずれにしても生活に溶け込むARとしては周辺視野は必要不可欠であり、移動する空間コンピューティングのエッジ(最前線)だ。