どこに駐輪場を設置すべきか、それは意外に難しい問題である。特に、自転車が頻繁に利用される都市部では、ただ道やルートを計画するだけではなく、それをどのように組み込むかが重要だ。
「ナショナルサイクリングロード」の要件には、「サイクルステーションがルート上におおむね20kmごとに整備されていること」というものがある。しかし、これは長距離移動を移動するツーリズムを対象としているため、一般的な都市のサイズからすると大きすぎる。都市と生活の地域スケールで考えることも必要だろう。
鉄道駅前に駐輪場を設ける、というのは比較的簡単なことである。多くの人が駅を自転車の目的地として利用しており、その流れは明確だ。しかし、道の途中にある駐輪場となると話しが変わってくる。多様なサイクリストが集まり、各自が異なる目的地に向かっていく。東に向かう者もいれば、西へ、山へ、海へと続く道を選ぶ者もいよう。このような場所では、サイクリストの次の行き先を予測することはまさにサイコロを振るようなものだ。だから、ルートの途中に駐輪場を設けることは、大きな挑戦となるのである。
自転車の道として設定されたサイクリングロードに設置されている駐輪場を、複数の場所で見比べてみてもよい。たとえば、とある海沿いの海岸線を走るサイクリングロードの始(終)点にある自転車駐輪場のひとつは、サイクリングのイベントにも設置されるような、サドルを掛けて自転車を停めるサドルハンガー形式のサイクルスタンドになっている。サドルハンガーはロードバイクなど自立式スタンドのない自転車のサドルを掛けて一時的に駐輪できる設備である。
サイクリングロードの途中に設置されている別の自転車駐輪場にも同様のサイクルスタンドが設置されている。先のサイクルスタンドとの距離は、おおむね3キロ〜4キロ程度である。こちらはサドルハンガーが設置はされており駐輪している自転車はあるのだが、サドルハンガーは全く使用されていなかった。自転車はほとんどが自立スタンドを利用して駐輪されている。自転車に乗ってくるほとんどの人がすぐ目の前にある海岸のビーチを目的地として来ているようだ。
もしも自転車駐輪場にサドルハンガーが設置されていない場合には、スタンドを持たない自転車はなんらかの支持が必要となるため、柱や壁、柵などに寄りかかって駐輪することになる。
サドルハンガーは駐輪空間を地面から立ち上げ、その場所を自転車を一旦停止させる場所にする役割を担っている。自立式スタンドを持つ自転車はサドルを掛ける必要はないが、ハンガーの下には何もないので、そのまま駐輪場として使用することに差し支えはない。そして多くの場合、最終目的地となる場所、それは例えば電車の駅近辺の駐輪場には、サドルハンガーは設置されていない。ここから帰納的に言えることは何か。それは、サドルハンガーが役に立つロードバイクのような自転車には、明確な目的地が存在していないということになる。明確な目的がある場所に作る駐輪場には、サドルハンガーは無くてもよい、と。そうなのだろうか。
海岸のビーチへと走る道を縦の道だとすれば、海岸に沿って走る道は横の道である。縦の道はまるで海に流れ込む川のように、海岸線に向かって突き刺さるように線を描いている。横の道は、それらの縦線と直交する方向に進む。そしてこの横の道には、始点と終点が設けられているのだが、本質的にこの横の線には出発点も目的地も存在していないのだ。
この横線の道を走る自転車は多種多様である。それは目的地が多種多様である上に、このサイクリングロード上のどこにも目的地はない。目的地と目的地の間にこの横線を組み込んでつないでいる。その横線の上にある砂浜、コーヒースタンド、ウィンドサーフィン練習場、漁港、ハンバーガー店、公園、カフェ、神社の鳥居・・・、これらはみな縦にやってくる人たちの目的地ではあるが、サドルハンガーが備わっている場所はあまりみかけない。
ロードバイクにとって、地面に描かれた白線による囲いは、単なる2次元平面であり、駐輪場として認識されない。サドルハンガーや柱が地面から立ち上がっていることで、駐輪場としての環境が知覚される。駐輪場とは空間的であり、大地から空に向かっている。
空間の上下を使うこと、空間の天地に役割を見出すこと、新しい自転車格納庫であるHangarが、路上の駐輪から学び取ることはそのようなことである。地面から何かが突き出していることで、サドルに乗って走っているサイクリストの目から、駐輪空間が発見できる。
人々はビジネスを行うために、自宅からオフィスや店舗へ通勤するために、学校に通うために、自転車を駅に向かって走らせている。電車の線路は、駅に向かう人々の自転車通勤(通学)路が流れ込む、大きな川の流れのようだ。人々には選択肢が残されている。目的を持たずに電車に乗り込むことができる。発着駅はあるかもしれない。けれど、目的を持たない乗客にとっての電車は目的のない横の線である。
電車の線路には駅がある。駅は古くは「驛」と書き、馬という字と、つなぐものや場所という意味を持つ字が合わさっている。馬はいわずもがな古来人間の歴史において重要な移動手段であった。そして、馬にとっての格納庫が「駅」だったのである。駅には人が列車に乗降するためのプラットフォームが有り、それは地面から空間に向かって立体的に立ち上がっている。立体的に止まる空間があれば、自転車の駅ともなる。駅のプラットフォームは自転車を立てかけるには十分な高さがある。
自転車移動には目的地があるものと、そうでないものの2種類がある。しかし、その両者が同じサイクルスタンドを利用する場合もある。目的地への移動では、駅などに向かう人の流れが大きな川のようにサイクルスタンドに集まる。一方で、レジャーサイクリングなどの目的地不明確な移動も、そのサイクルスタンドを利用するのである。
ある廃線跡は、かつては電車の目的地であった駅の役割を失った。しかし、そこに歩行者や自転車のための道が整備されたことで、新たな観光などの目的地が生まれた。そのためサドルハンガー式のサイクルスタンドが設置され、スポーツ自転車の立ち寄り場所となっている。目的地が変わっても、適切なサイクルスタンドが用意されれば活用されるのだ。
これは生きた電車の駅においては実現が困難なケースが多い。建物や柵やなんらかの構造物に寄りかかった自転車は、見た目からも好ましくない。そうした風景は連鎖してしまい、ひどい駐輪状況を生み出してしまう。都市部においてサドルハンガーは、自転車が生きている状態であることを示すためにも、必要なものである。先にも述べたように、サドルハンガーはスタンドで自立する自転車の駐輪に対して不便を与えるものではないからだ。
駐輪場がどの位置にあるかを決めることと、サイクルスタンドの設計がサイクリストに与える影響について探求しているのがHangarである。駐輪場を単なる停止点ではなく、サイクリストの旅と生活の一部として機能させることがHangarの目指すところである。
実際のところ、道の駐輪場にあるサドルハンガーの使用頻度の低さや、駐輪場の設計は、地域の特性やサイクリストの行動パターンにどれだけ適応しているかに大きく依存している。駐輪場を単なる停車場ではなく、都市の交通システムの一部として再考する必要がある。
そこでHangarプロジェクトでは、各地域の自転車ツーリズムルートを分析し、未活用の空間や空き家などを自転車の拠点として再生していく取り組みを考える。一か所の立派な拠点を作るだけでなく、地域に点在する様々な空間を活用し、ネットワーク化したサイクリングルートを構築することが目指されている。Hangarはそうした、自転車の生きた都市環境を実現するための、複数の拠点となる。
地球ロックも!