バイシクル・アーバニズム + How is Life?

「バイシクル・アーバニズム」は千葉学(建築家東京大学教授)によるプロジェクト。東京という都市を作り替えるにあたり、大規模な都市計画によらず小さなモビリティから再定義しようとする。その前提として20世紀の大量高速移動から21世紀は自動運転やマイクロモビリティへと置き換えが進むことを挙げている。

今回は東京のTOTOギャラリー間で開催された企画展「How is Life?ー地球と生きるためのデザイン」で、千葉はキュレーションを行い、様々なサステナブルな取り組みを紹介する企画の一環として展示された。

このプロジェクトは建築+都市計画の雑誌『a+u』(2021年1月号)で、世界の各都市の自転車インフラの実情と共に詳細に展開されている。展示は記事との重複も多く、会場独自のものとしては、パネル展示のほか詳細に作り込まれた南青山の交差点の大型模型、それから駐輪のためのプロダクトの活用例として抽象性を持たせた1/1の自転車模型が展示されていた。

東京のプラン以外のモビリティでは、スイス・チューリッヒで使われている自転車視点でインフラ状況を報告するSNSプラットフォーム「Bikeable」と、パリ市が実施している都市計画「15-minuts City」が紹介されていた。

それぞれの内容については、キュレーター自身が簡潔に説明している。以下の映像をご覧いただきたい。

3月12日、展示会終盤の企画としてワークショップと座談会が開催された。イベントでは、千葉氏に加え自転車ライフスタイルを提案するRaphaRacingから三井裕樹と元メッセンジャーの合田光宏が合流、三つの異なるコースで20名余りが参加して東京都心部を走行した。展示会場で午後から行われたトークでは、ワークショップの体験を基に自転車目線で都市としての東京のあり方について議論した。

ギャラリー間のトーク会場。話し手は左から合田光宏、三井裕樹、千葉学。
走行に参加したサイクリストのカラフルなスタイルが目立つ。

東京都心を体験する3コース

合田チームは、通常のサイクリングではなく「自転車を道具として都市と対話する」ことをテーマに、曲がりくねった裏道を多用した走行。合田は、ビルの間を通ると住宅街があること、平坦な場所と台地・谷間では生活スタイルに違いがあること、そして一方通行路が「自転車を除く」と提示されており逆走できるなど、日本ならではの自由さがあることなどを説明。

参加者からの声として、公共交通機関や車では通らないような地点と地点を繋いだルートを使うことで「ワープしたような感覚」を覚えた、駅からの距離という制限から解放されたと感じた、といった感想が述べられた。

地図は会場でトークで言及された地名を元に大体のルートを筆者が作成

一方、三井のコースではインフラの整備されていない部分をいかに柔軟に切り抜けるかということを主眼に、走行を重視して設定してあえて車の多い道路を使い、晴海埠頭公園へ向かった。

途中、車道・自転車道・歩道と綺麗に分かれている(が歩行者が歩いている)箇所、青のラインが突然消失する箇所、直進できず左折させられる箇所などを走行して、頭を使いフレキシブルに身を守るライドを体験したと言う。トレーニングで乗るが街乗りはしないという参加者が「走行は非常に危険で、ヒエラルキーが低く、命を削る思いで走った」と憤った。

展覧会キュレーターの千葉のコースはロードレーサーのメッカ・大井埠頭を目指し、往復路は江戸時代をベースに昭和に至るまで建てられた建築を観察、都市に眠る時間層を体感するという試み。参加者からは時間が止まって停まっている非日常的な環境と、昔から変化し続け日常で使われている街とのコントラストが興味深い、との感想が挙がった。

また、このコースには福島から参加したサイクリストがおり「東京は優しい。ドライバーが目線を合わせてコミュニケーションを計り譲ってくれたりして、地元より走りやすい」と感慨を持って語った。合田氏は東京都心のドライバーのマナーは昔からのものではなくメッセンジャーだった頃はもっと殺伐としており、レーンの整備という行政努力に伴って意識が変化したポジティブな側面、と述べた。

ボトムアップのインフラ整備

途中、午前中の走行で撮影した映像を再生しながら行程での移り変わりや、レーンの喪失などの問題点などについて発見を述べた後、議論は東京都心の自転車の環境についてへと移行した。

合田「道路空間を再配分することで、事故率が大きく減り、歩行者の安全も確保できることがデータを取っている名古屋や金沢で実証されている。」

千葉「インフラの整備に期待したいが、一方で整備には長い時間がかかり、都市の実際の変化に追いついていない。そうした計画的なインフラ整備に頼らないボトムアップな取り組みとしてチューリッヒのBikeableは素晴らしい活動。元々このイベントは『Bikeableトーキョー』をやろうというところから始まった。」

合田「国内でも地方の山道などでは自治体に電話するとちゃんと直してくれるなどの実情もあり、プラットフォームがあれば実現できる可能性がある。」

Bikable 報告画面
bikable 報告画面。自転車乗りが投稿した問題点(ピンク)と市が修理・対策を施した箇所(水色)
bikable 地図画面。報告の種類(穴が空いてる/レーンが消えてる/車とぶつかりそう等)でソート可能。

整備されて生まれる不自由

千葉「インフラ整備はドライバーの意識変化などポジティブな面もあるが、レーンが完備され法整備が進むと、逆にそこから外れると罰せられるといった不自由さも生じる。ニューヨーク市は都市計画部長が自転車の街に変えると宣言、完璧なレーン整備をしてがらりと変わった。ところがレーン上の駐車車両を避けた途端に切符を切られるという理不尽が起きている。」

路上駐車を避けレーンからはみ出した途端に切符を切られ罰金を支払わされ、以後ひたすらレーンを守ろうとする。
会場で視聴したYouTuber ケーシー・ナイスタットのヒット作。

合田「日本で自転車は車両であり車道を走るのがルールだが、すぐ停止できる速度の走行中は歩道を通行できる、という例外規定が1970年に追加された。車を車道で円滑に流すためだ。その後警察が歩道走行を奨励・啓蒙して一般通念になっていった。」

三井「子供を乗せて生活のために自転車に乗る”ママチャリ”層は、法ではなく通念に従っている。彼らはマジョリティ。レーンを走る通念ができればさらにドライバーの意識も変わる。」

千葉「日本は欧州などに比べて自転車環境の整備は遅れている。現在のグレーゾーンを残してポジティブに捉えた整備の仕方がこれからは重要な課題になるのでは」

道路だけではない都市の可能性

合田「道路整備の話をしているが、行った先に停める場所がないことが多い。導線がトータルにデザインされていないと感じる。」

千葉「東京はビル建設時に規模に応じた駐車スペースを設置するよう条例で決められている。これも制度とズレが起こっていて都心部でガラガラになっている。ところが、ここを駐輪場にしてシャワーを完備したらすぐに売り切れた。ビジネスモデルとして道路と同じように車のスペースを自転車用に活用できる。展示中の模型ではドライブスルーやサドルに座ったまま作業をするなど道路環境だけでなくワークスペースの活用など様々な提案を表現した。」

How Is Life? 大型模型- オフィス
オフィスビル上階に自転車/セグウェイで上がっている。

よく晴れた春の午前中、実際に都心を走行したすぐ後のトークだった。筆者は参加しなかったが、参加者は文字通り身体で道や街を”体験”してさまざまな気づきを得たようで、実感を伴った意見を述べていたのが印象的だった。「サードプレイスとしてのサイクリング」はRaphaの目指す所で、”走る楽しさ”を体感するコースを設計している。一緒に走り光景や驚きを共有して互いの距離がぐっと近づいていて、なかなか羨ましかった。

バルコニーのサイクリストたち
3階にあるギャラリー間のバルコニーに愛車を持ち込み、
記念撮影前に談笑する参加者。

また、自転車乗りには自転車乗りの視点があるように、ドライバーにもバイカーにもスケーターにも歩行者にもそれぞれから見た視点があって見ている世界が異なる。ちょうどツイッターで同じ考えの人をフォローして似たような世界を作っていることを連想した。同様に、趣味のサイクリストは移動手段で自転車に乗る人とも視点を共有しておらず、”ママチャリ”はスピードや距離感の異なる別の乗り物と認識されている様に見える。

重くベタ足で低速の”ママチャリ”は歩道走行という日本の通念に合わせて発展普及し、広く取った歩道にレーンが引かれる状況を作り出しているようだ。指向で自動車に変わるモビリティを考える上では移動手段としての自転車は無視できないのではないだろうか。その点で本展の提案はサイクリスト指向が強く、実際に施工された時に”サイクリング”の外側、重量があり速度が出ない実用車にとっては現実性がやや低いのでは、と感じた。

ビル・クライム
Buil.climb。廃線を利用し建造する、長さ2.4Km 高さ
200mの登坂サイクリストのためのランドマークビル。
Bicycle Highway
Bicycle Highway。停車の多い路肩を避け幹線道路の中央
を通る自転車高速道。低速の自転車は入れない?

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