秋も深まった紅葉の時期にツール・ド・フランスを話題にすることは、少し変な感じがするかもしれない。しかし、今年のツールは開催時期が例年と異なっていたことは、皆さんがご存知の通りである。
第107回となるこのレースは、2020年6月27日から7月19日まで行なわれる予定であったが、新型コロナウイルス感染症の流行により延期となり、8月29日から9月20日までに変更された。およそ2か月遅れた世界最大の自転車レースイベントは、関係者からも検査陽性者を出しながらも、慎重なコントロールによって最終日のパリまでたどり着いた。2020年のツールは、「完遂」されたのだ。
スポーツ自転車にとって、ツールは最大の広告の機会でもある。買いたい自転車を選ぶときや、今、人にむけてお勧めしたい自転車を選ぶときにも、様々な自転車の「今」が読み取れる絶好の機会だ。
2015年の「自転車ブームを読み解く 〜 新たな価値観で見直される自転車」という記事によると、自転車の販売数に占めるロードバイクなどのスポーツ自転車の割合は増加しているという。その理由の一つとして次のように書かれている。
ロードバイクを筆頭に趣味性の高い自転車がよりポピュラーになり、自転車を日々の移動のための「実用品」として使うのみならず、相応のお金をかけて「嗜好品」としての側面を楽しむ人々が増えている現象であると言い換えることができる。
確かに、ロードバイクは嗜好性の高い乗り物といえる。その嗜好性には乗ることに加えて「自転車を組む」ことも含まれているのではないかと考える。つまり、完成車として自分の好みを選択するだけではなく、自分自身の思想、社会の環境、その時々にある自転車の素材・部品などを組み合わせることによって、自転車メイキングをしていく行為にこそ、嗜好性のエッセンスが詰まっている。
いま現在、どのような自転車に乗ろうかと思索して、5年後10年後の未来においても自転車に乗り続けていく、思考することと乗ることの両輪をつなぐための実践として、自転車をつくる、という手段も自転車を入手していくプロセスの一つとして提起してみたい。
自転車の未来を見据え、世界各国の自転車ブランド、フレームビルダー、パーツメーカーが、多種多様なアイデアを持ち込んで実験する現場しているツール・ド・フランスを観察してみることで、自転車を組むための方向性が見えてくるかもしれない。
だが、自転車をつくる、組む、といっても、何から見てよいかわからない、というのは実際の問題としてあり得る。そうするとこの記事では、当然、ホイールを見ることを提案しよう。スポーツ自転車のホイールに関係するパーツのなかでいま、先端的で熱量の高い事柄といえば、ブレーキパーツになるだろう。
ホイールというものは自転車を前に進めるための最重要なパーツであると同時に、自転車を「止める」ことができる唯一の部位でもある。ホイールに対して何らかの力を抵抗として加えることで自転車の推進力を制動し、スピードを意図したとおりにコントロールする。自転車のチェーンをさび付かせてしまい、キーキーという音を立てながら走っている自転車を見かけることもあるが、ブレーキをさび付かせるというのは安全性の点からいって避けるべきだろう。
そのような最重要パーツを自転車の組み立ての中心に置くということは、自身の命を守りながら安全かつ快適かつ嗜好性高くサイクリングを楽しむための第一歩となる可能性がある。
そこで、ツール・ド・フランスにおいて用いられた自転車には、どのようなブレーキがついていたのか、それを映像やレースリザルト情報などをもとに整理をしてみた。
全ての出場者を調べることは困難だったため、今回は各ステージ優勝者が使用した機材のみを調査した。全体的な数値を見ることにはならないが、その日最も強かった選手の自転車がどのような機材を用いていたのかは、自転車産業の市場にとっては大きな意味がある。
チームやメーカーが使用するブレーキを公表しているものについては情報を踏まえつつ、すべてのステージのゴールシーンを動画で目視したうえで確認しているが、間違いがあった場合は筆者の責任である。
ステージ | コース | ブレーキの種類 |
第1ステージ | 平坦 | リム |
第2ステージ | 山岳 | ディスク |
第3ステージ | 平坦 | ディスク |
第4ステージ | 平坦 | リム |
第5ステージ | 平坦 | リム |
第6ステージ | 平坦 | ディスク |
第7ステージ | 平坦 | リム |
第8ステージ | 山岳 | リム |
第9ステージ | 山岳 | リム |
第10ステージ | 平坦 | ディスク |
第11ステージ | 平坦 | ディスク |
第12ステージ | 平坦 | ディスク |
第13ステージ | 山岳 | ディスク |
第14ステージ | 平坦 | リム |
第15ステージ | 山岳 | リム |
第16ステージ | 山岳 | ディスク |
第17ステージ | 山岳 | ディスク |
第18ステージ | 山岳 | リム |
第19ステージ | 平坦 | リム |
第20ステージ | タイムトライアル | ー |
第21ステージ | 平坦 | ディスク |
タイムトライアル用の特殊モデルを使用する第20ステージを除くと、リムブレーキとディスクブレーキの比率は10:10で、まったく同数であった。
ロードバイク向けのディスクブレーキは、UCI(国際自転車競技連盟)が2018年にロードレースにおける使用を認めた、比較的新しいシステムである。しかし、すでに多くのチームがディスクブレーキを採用しており、ツールのステージ優勝者の数だけを見ても、わずかな期間で従来のリムブレーキの数に追いついたことがわかる。
従来型のリムブレーキはディスクブレーキに比べて部品が軽量であると言われている。そのため、平地ではディスク、上りのある山岳ではリムを選択する、といったような使い分けも想定されていた。この集計に限った範囲で言えば、山岳ステージに限定しても、比率は4:4 となり、これもまた同数である。一概に「山岳で勝てるのは軽いリムブレーキ」とは言えない。機材の差はあってもわずかなものになっており、まさに今ブレーキの技術はしのぎを削っている状況にある。
自転車を買いたいと考えているとき、ふっと「どのようなブレーキがついているのか」ということにも着目してみると、そこを起点にして欲しい自転車像がイメージしやすくなるケースもあるだろう。なにしろ、最近のロードバイクは差がほとんどわからない。調べているだけでは選択する決定打になる要因が見つからないことが往々にしてある。そのため自転車を買うタイミングを逃してしまう恐れもある。
自分が普段乗っている自転車であっても、ついているブレーキがどのような仕組みなのかを知らずに乗っている、そんなケースも少なくないだろう。次に自転車にまたがる前にはちょっと時間を取って、ホイールの周辺をのぞき込んで見てはどうだろうか。自らの足元から、これからにつながる自転車像を頭の中で作り上げていくための基礎となり、新しい自分の自転車を作り上げていくための第一歩となる可能性も出てくる。