自転車と放蕩娘 (18) 自転車での世界一周から考えること

去る11月18日、2人の女性が自転車に関するギネス世界記録を更新した。今年のギネス世界記録のテーマは「Discover your World」。そのタイトルにふさわしく、タンデム自転車で最速の世界一周を成し遂げたのが、イギリスの女性2人組、Cat DixonとRaz Marsdenである。

Cat DixonとRaz Marsden、愛車の「アリス」
「Guinness World Records」より

7月29日に発行された「Guinness World Records」の記事によると、2人は2019年6月29日に世界一周をスタート。2020年3月18日にイギリスに帰国するまでにかかった時間は263日8時間7分。これにより、男性による世界記録の281日を更新したという。

キャットとラズは1日あたり120〜160キロメートルを走行し、25ヵ国を走り抜けた。イギリスのオックスフォードを出発し、フランス、モナコ、イタリア、スロヴェニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、モンテネグロ、アルバニア、北マケドニア、ギリシャ、トルコ、ジョージア、インド、ミャンマー、タイ、マレーシア、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、メキシコ、モロッコ、スペイン、ジブラルタル。新型コロナウイルスの影響で渡航制限が施行された3月17日に、フランスのケアンからポーツマスまでフェリーに乗り、その後オックスフォードまで自転車で移動して帰国した。総距離は29391.449キロメートルにのぼる。

インドでの旅の様子
「Guinness World Records」より

輝かしい記録もさることながら、私が注目するのは冒険譚の裏にある、2人のサバイバル能力だ。昨年夏のヨーロッパの熱波を自転車で駆け抜け、インドや東南アジアでは洪水に遭遇し、オーストラリアでは山火事のためルート変更を余儀なくされたという。それにもかかわらず、身体の痛みや健康上の理由で旅程を遅らせることなく、自転車の修理はすべて2人だけで行っている。

オーストラリアで最長の直線ルートで
「Guinness World Records」より

弁護士のキャットは54歳、運動ニューロン病の看護コンサルタントを務めるラズは55歳。2人は4年前にロンドンからパリまでを旅するチャリティ・サイクリングで出会い、タンデム自転車での世界一周を志すようになった。ギネス世界記録挑戦の旅でも、オックスファムと運動ニューロン病協会のためのチャリティとして40,000ポンド(約540万円)を集めている。今回の記録更新は、2人のさまざまな経験値と関心に裏打ちされていたことが窺える。

Peter Zheut­lin, ”Around the World on Two Wheels: Annie Londonderry’s Extraordinary Ride”, Citadel Press, 2007

女性が単独で初の自転車世界一周を成し遂げたのは1894年、アメリカのアニー・コーエン・コチョプスキー(1870-1947)であった。「ロンドンデリー」の名で親しまれ、1894年6月から1895年9月にかけて彼女が世界一周に挑んだ経緯は、”Around the World on Two Wheels: Annie Londonderry’s Extraordinary Ride”という本にまとめられている。移民であり女性であるアニーが差別に打ち勝ち、富豪が提案する見世物的な賭けに応じて世界一周を果たす様子は、輝かしさと裏腹に過酷でもある。今回のキャットとラズの達成では、困難を分かち合い乗り切った様子が印象的であった。

参考:

・「イギリス出身の女性2人がタンデム自転車で世界一周を”最速”で ギネス世界記録達成」Guinness World Records, 2020年7月29日

・Guinness World Record: Women circumnavigate world on tandem bicycle, BBC News, July 29, 2020

・Radhika Aligh, British women break Guinness World Record for circumnavigation by tandem bicycle, Evening Standard, July 29, 2020

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