フランスのリュミエール兄弟(Auguste and Louis Lumière)は投影式の映画の発明者であり、膨大な数の実写映像を残している。ぎこちないモノクロの無声映画ながら、初めて見る人々には大変な驚きを与えた。今日の我々にとっては当時の社会風俗を知る貴重な資料だ。それでは最初期の映画に自転車は登場するのだろうか? 世界で初めての商業映画「工場の出口」を観てみよう。
リュミエール兄弟「工場の出口」
00’07” 1896年3月撮影 / 00’43” 1895年5月撮影(最古)/ 01’17” 1896年8月撮影
この映画のオリジナル版(1895年3月撮影)は失われ、後に撮影した4種類の映像が残っている。そのうち最も古い映像(1895年5月撮影、上記の2つ目)では、工場から出てくる人波が続く中、自転車に乗った男が後方中央から現れ、颯爽と人々を追い抜いて左手に走る抜ける。これぞ世界で初めての映画に自転車が登場したであろうことを今日に伝えるバリエーションという、少々ややこしい映像になる。
さて、いずれの「工場の出口」においても退出する人物の大半が女性で、ロング・スカート姿が時代がかっている。一方、自転車を利用しているのは男性ばかりであり、服装も自転車も違和感が少ない。初心者なのか横から支えられたり、無愛想な乗り手が脇を小突かれたりしている。さらには子供を乗せて転倒しかかるなど、今日と変わらぬ微笑ましい情景が僅かな時間の中に見て取れる。
これらの映画に登場する自転車と同型と思われるセーフティ型自転車の発売は1885年。従って、少なくとも10年後には何人もの工場労働者が通勤に利用するほど普及していたことになる。安価ではないにしろ、自転車は庶民の乗り物であったわけだ。1890年代は最初の大規模な自転車ブームであり、経済的な余裕があるかどうかにかかわらず、人々は自転車を買っていた熱狂の時代だったと言う。
他にもリュミエール兄弟の映画には数多く自転車が登場する。しかも特異な存在ではなく、街に溶け込み(1209)、曲乗り(17)や雪合戦(101)も行われる。一方、レース(33)やパレード(1094)が開催され、カーニバルの巨大な山車(151)など、華やかなイベントも多かったようだ。数は少ないが女性が自転車に乗る姿(247)もある。いずれもすべてセーフティ型だ。(数字は作品番号)
商業映画らしくエキゾティズムを求めて海外での撮影も行われた。アルジェリア(201)、イタリア(429)、メキシコ(348)、ベルギー(529)などには自転車が映っている。日本での撮影も多かったが、残念ながら自転車は発見できていない。フランスでは物珍しくなかったのだから、自転車は異国情緒をかき立てる小道具には成り得なかったのかもしれない。
このような自転車探索はKeras-Yolo3で行った。撮影された場所や状況などは、Catalogue Lumièreを参考に考察した。ただし、映像と関連情報は紐づけられていないので、付き合わせ作業に時間を要した。今後の映像研究では、映像へのアクセス性とともに映像を意味付けるセマンティック性が望まれる。今後、人工知能は単なる画像解析を超えて知識を統合していくに違いない。