昨年12月14日、ベルギーの芸術家パナマレンコ(Panamarenko)が79歳の生涯を閉じた。今回は、移動と自由を旨としたパナマレンコの作品の中から、自転車をモチーフとした作品を論じてみようと思う。
1940年にアントワープに生まれたパナマレンコは、自転車に限らず、様々なオブジェや飛行装置を作品としたことで知られている。たとえば、初期の作品《磁力靴》(1966-67)は、両足のかかとに電磁石がつけてあり、その吸引力を利用して垂直の壁を登り、逆さづりになって天井を歩くための靴だという。空想的な側面が強い作品だが、磁力エネルギーの利用というアイデアは、ごく最近の磁力航法宇宙船にまでつながっている。
パナマレンコの作品に通底するのは、重力からの解放やメカニズムの透明化への想像力であり、身体の自由を確保し、生活を取り巻く機械技術に向き合おうとするDIY精神だ。ヨーゼフ・ボイスにも通じる社会改革とユートピア思想をあわせもつ芸術家と言える。ちなみに、パナマレンコは仮名であり、世界旅行の象徴でもあったパン・アメリカン航空(Pan American Airways、愛称パナム)からとったというのもどこか思わせぶりだ。パナマレンコにとって表現とは、一人で手を下せるアート(芸術、技術)から社会を思考する、デザイン批評でもある。
パナマレンコの作品において、資本主義社会への距離の取り方が窺えるのが、自転車というモチーフではないだろうか。様々な移動手段の中でも、自転車の技術への関心ははごく初期に現れている。《スイスの自転車》(1967)は、ブリキ、厚紙、亜麻布でつくられた「模型」としての自転車であるが、着想源となったのは、実在するマウンテンバイクの写真だという。スイス滞在中の1965 年にアメリカの科学雑誌に掲載されていた「驚くほど小さな前輪をもつマウンテンバイク」と伝えられているが、車種を特定できていない。作品で模倣されているのは一部であるが、心当たりのある方にぜひお尋ねしたい。
技術への素直な関心が窺えるのが《スイスの自転車》(1967)だとすれば、全く異なるアプローチの飛行装置として構想されたのが《二翼(飛ぶ自転車)》(1974)だ。この自転車は昆虫の羽のような翼に特徴があるが、パナマレンコはしばしばハイブリッドなモチーフによって機械の概念を揺さぶっている。後に発表された「始祖鳥」(1990)のシリーズは、鳥と爬虫類、機械の境界を取り払ったモチーフで、太陽エネルギーにより動き、学習性をもつ作品として発展させている。
パナマレンコの「模型」には、プロトタイプの力を借りて、未来を予測させる想像力がある。ドローンを思わせる《携帯用空輸装置、プロトタイプ》(1970)もそのひとつだ。パナマレンコの作品はしばしば「サイレント・オブジェ」と呼ばれてきたが、直接の機能をもたない「模型」が将来、さらに雄弁に語り出す時が来るのではないだろうか。