今日、世界の大都市に広がるレンタサイクルには、2つのタイプがある。
━ひとつは、2007年パリで始まった“ヴェリブ式”である。
自転車を都市の近距離交通手段として活用、交通渋滞、環境汚染に資する考えから生まれたもの。営利でなく、公共交通の意味合いが強く、自治体主導の運営が中心で、補助金もある。
━もう1つは、2015年北京で興った“中国式”で、「シェア自転車」と呼ばれる。
資産を個人間でシェアする「シェアリングエコノミー」(シェア経済)の発想から生まれたもの。社会的意義はヴェリブ式と同一だが、民間企業の営利目的が主である。今では、ヴェリブ式も中国式も、シェア自転車と呼ばれている。
━この2つの方式の最大の違いは、ヴェリブ式は多数の駐輪拠点(ステーション・ポート・ドックと呼ぶ)を要する。中国式は拠点が必要でなく、路上乗り捨て自由である。このため前者は設備投資が多額になり、後者は少ない。
また開錠や支払いに、ヴェリブ式はカード、中国式はスマホを使用する。この違いも大きい。
「パリのヴェリブは、開始後どうなったか?」
当初ラストワンマイルの交通手段として、またパリ市内観光の足として、誰でも簡易に借りられる利便性が評価された。
たちまち市内の配置車は25,000台/駐輪拠点1,800ヵ所/年間契約利用者30万人に達した。
ところが、盗難・故障・放置車が続出、部品の取り外しや悪戯による破壊行為が続出した。
市内の運河を浚せつした時には、川底から10数台もの投棄車が発見され、パリの治安悪化に今更ながら皆驚いたそうだ。
実態は、配置車25,000台と言っても、常時走行可能車は半数に過ぎず、毎年3割ほどの8,000台が損耗、追加車投入やメンテナンスに大童だった。
もともとヴェリブは、市内の広告パネル設置権と引き換えに運営を業者に委託、“パリ市の費用負担無し”がウリであった。
ところが、皮算用は大きくはずれ、1台当たりの実コストは4,000ユーロ(約50万円)にのぼった。
広告料や利用料では賄えず、やむなくパリ市は、業者に1台400ユーロ(約5万円)を支払ったとされる。
━2017年、業者とのヴェリブの10年契約が切れ、パリ市が今後の方針を検討しているころ、中国でも同じ問題が多発していた。
2015年北京大学の1人の学生が、通学車を共同使用するアイデアから、車体にスマホ機能を生かすスマートロックを組付けるシェア自転車を考案。運営会社「オッフォ」を創業した。
この事業は自転車さえあれば誰でも開業できる。多くの起業家と投資マネーが群がった。瞬く間に70~100社を超える運営会社が乱立、自転車メーカーの進出例もあった。
競争に勝つには、空車が街中どこにでもあることが決め手となる。大都市での先行配置競争が展開され、全国総配置台数2千万台、利用者は2億人を超えた。
首位のオッフォ500万台、2番手の「モバイク」は400万台を配置、市内はこの「2強」の黄色とオレンジ色の自転車に溢れかえった。
2強は中国国内だけでなく世界の大都市に進出。またシンガポールや香港にも運営会社が誕生、彼らもまた世界へ進出した……。
━だが、シェアリングエコノミーの代表と言われ、スタートアップの花形となった、シェア自転車の絶頂期はここまでだった。
まもなく数百万台にのぼる大量の盗難・廃棄・放置・故障車が続出、不良車の山は都市景観からも社会問題になった。
これほどの過当競争を生み出した背景には、中国社会の利益度外視の“勝者総取り”の考え方があった。このため、生き残りを賭けた“焼銭戦争”が、果てしなく繰り広げられた。
もともと収益は、1台30分8.5円~17円の利用料だけ。車体につける広告料や前払い保証金の運用益はわずかである。
それに引き換え、投資は自転車購入費・故障車メンテナンス費用・放置車回収や再配置費用・競争のための値引きや宣伝費など数百億円もの単位になる。
利用料収入だけでは資金繰りに窮するのは当然だ。自転車仕入れ代金や保証金返還請求への対応が不能となり、運営会社の破産が続出。オッフォ・モバイクの2強さえ、経営破綻の危機に立っていた……。
【参考】レンタサイクル物語10 中国式シエア自転車 “挫折への道”
━また、乗捨て自由の中国式で、パリに進出した香港の運営企業「ゴービーバイク」は、2,000台を配置。駐輪拠点不要のため、ヴェリブの補完車として評価され、フランスの他都市にも展開した。
だが、破壊車3,400台・盗難車1,000台・修理必要車6,500台の実態に耐えかね、2年ほどで撤退した……。
━世界中で問題多発のなか、シェア自転車はどうなる?