自転車の自転車による自転車のための音楽

自転車に関連した歌や音楽は少なからずあるが、johnnyrandomの「Bespoken」(2013)ほど直接的で、しかも洗練された自転車の音楽は珍しい。これは自転車やライドを音楽や歌にしたのではなく、自転車で音楽を作ってしまったのだ。言わば純粋自転車音楽。物質としての自転車の音楽。と言われても何のことか意味不明かもしれない。ただ、その音楽を聴けば一目瞭然。いや、違った。一聴瞭然だ。

このプロモーション・ビデオで見て取れるように、この曲は自転車が発する音だけを使って演奏されている。自転車のチェーンが回る音、フリーホイールが回転する音、シフトやブレーキのレバーを動かす音、チューブのバルブを押す音など、自転車乗りが聴けば脳内麻薬が分泌されること間違いない。すべて室内で収録されたようで、屋外での自転車走行音が収録されていないのは残念。

また、バイオリンの弓やマリンバのマレット、ドラムのワイヤー・ブラシ、木魚の撞木、ギターのピックなども使用されている。これらを使ってタイヤやスポークを叩いたり、擦ったりして音を発するわけだ。一般的な伝統楽器は一切使っていないそうだが、弓やマレットによる奏法は伝統的と言える。ピッチを整えるのにも役立ちそうだ。やや特殊な奏法だが、ゴム・ボールやE-Bowにニヤリとする人もいるだろう。

自転車の音の収録には、AKGのコンデンサー・マイクC414 LTDも使用されているが、Dock端子のiPhone用マイクが3つも登場するのが微笑ましい。楽曲の構成編集に使われたツールは明確ではないが、ProToolsのようなDAWだろう。ピッチ補正などのエフェクト使用の有無も不明。特筆すべきは、楽曲のパーツとなる短めのオーディオ・ファイルがSoundCloudで公開されていること。これは必聴。

さて、実際の楽曲は3分30秒で、iTunesBandcampで購入できる。「Bespoken (Inverted Mtb Remix)」なる別バーションもあり、こちらは3分17秒。いずれも精緻で軽やかなリズムと、メランコリックかつ明快なコード進行で、浮遊感と疾走感が同居している。Keith Kenniffあたりにも通じる、いかにも若手アメリカン・ミニマルな曲調は、アップルやグーグルのCMにも採用されそう。

johnnyrandomは、早くも2006年にチャイコフスキーの「くるみ割り人形組曲」から「金平糖の精の踊り」を自転車の音だけで演奏している。これはSpecializedのクリスマス向けCMとして制作。原曲が有名なので何気なく聞こえるがが、自転車特有の音が散りばめれているし、サンプラーで演奏されたと思われる音色の不自然さが楽しい。エンドロールのサウンド・クレジットにも注目。

最近では、New Belgium Brewingのための音楽「Fermentare」(2015)も制作している。ここではビール醸造工場の設備に加えて、荷物を運ぶカーゴ・バイクや特徴的なクルーザ・バイクの音も使用している。この醸造所のシンボル・マークは自転車で、ビールの王冠にもあしらわれているからだろう。相当な自転車好きが伺えるレポート活動もある。ちなみに所在地はベルギーではなく、アメリカのコロラド州。

ところで、johnnyrandomの経歴や活動の詳細は不明。彼のInstagramLinkedInから察するに本名はFlip Baber、サンフランシスコからバルセロナに移住している。自らミュージック・コンクレート(具体音楽)の作曲家だと言う。それらしき言及や写真が見当たらないので、どれほどの自転車乗りかは分からない。ただ、次作は是非、音楽スタジオから路上に出て欲しいと思う。

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