雪道とサイクリング

ファットバイクのタイヤとアニマルトラック
キタキツネの足跡を追って森の中へ

太宰治の小説『津軽』。冒頭に「津軽の雪」として7つの言葉が登場する。
「こな雪 つぶ雪 わた雪 みづ雪 かた雪 ざらめ雪 こほり雪」

雪にこんなに種類があるのか、と驚く人もいるだろう。でも北国の雪はたった7つに分類できるほど単純なもんじゃない。降るタイミング(初雪、なごり雪)、雪の降り方(粉雪、淡雪、ぼたん雪)、積雪の様子(新雪、締雪:しまりゆき、垂り雪:しずりゆき)など、それぞれに名前があるうえに、地域や時代によって雪の質も言葉の意味も変化している。

ここでは多種多様な雪に出会える街「札幌」を例に、サイクリストに向け雪道の楽しさを紹介したい。

札幌の特殊性

歩道専用のロータリー除雪機械
1.5mの幅で除雪する歩道専用のロータリー除雪機。歩道の雪を路側帯に積み上げたり、並走するダンプカーの荷台に載せる機能を持つ

北緯43度に位置する札幌市の人口は197万人(※1)。1981年から40年間の年平均降雪量は5m40cm(※2)。他の高緯度にある大都市と比べると、その特殊性がよくわかる。

 ・ニューヨーク市 北緯40度 人口840万人 年間降雪量74cm
 ・モントリオール市 北緯45度 人口100万人 年間降雪量2m15cm
 ・ミュンヘン市 北緯48度 人口150万人 降雪量1m
 ・サンクトペテロブルグ市 北緯60度 人口540万人 年間降雪量3m

※1:札幌市人口統計 [https://www.city.sapporo.jp/toukei/jinko/jinko.html]
※2:札幌の降雪量の記録 [https://www.sapporotenki.jp/data/record_snow.html] より計算。直近10年間(2010年度〜2019年度)の平均は4m53cm。平年値として採用されている過去30年間(1981年〜2010年)の平均は5m97cm

200万人規模の街に5ヶ月の間に5m超の雪が降るわけだ。しかも日本海側に位置する札幌は、秋の終わりや春の初めなどは湿った重い雪が降り、真冬には乾いたサラサラの雪が降る。

そこで人々の暮らしを支えるために欠くことができないのが「除雪」である。30年ほど前、東京から札幌に移住した際に何より驚いたことがある。夜間まとまった降雪があった場合でも、通勤や通学が始まる朝7時までにはほぼ除雪が終わっていることだ。

市内全域の道路総延長は約5,400km。もちろん除雪には優先順位があり、住宅街の生活道路は後回しとなる。それでもひと晩の除雪車の稼働距離はのべ2,000kmになるという(※4)。ちなみに札幌市の除雪予算は年間約220億円(2020年度・※3)が計上されている。

 ※3:直線距離で札幌から鹿児島県の奄美大島南端までに相当
 ※4:人口4.4万人の鹿児島県指宿市の一般会計予算額に匹敵する

数字ばかりが続いてしまったが、札幌は冬でも道が除雪されている(状態を目指して頑張っている)ことは理解していただけたと思う。つまりそれは「冬でも自転車で街を走ることができる」ことを意味している。

ファット・バイク

圧雪路ならマウンテン・バイクやクロス・バイクでも走行は可能だが、雪道全般でのサイクリングを”楽しむ”のであればファット・バイクがおすすめである。

極太タイヤ(4〜5インチ)の見かけに反して雪上での走りは軽く、雪質にもよるがリムが隠れる程度(10cm程度)の新雪なら拍子抜けするほど簡単に走破してしまう。

この余裕のある走破性のおかげで、路面の状況が大きく変化しても楽しみながら走ることができるのだ。大切なのは「速さ」を求めないこと。極太低圧タイヤのフローティング性とトラクションの良さを活かし、変化に富んだ路面をクロウリングする(這うようなスピードで走る)のがファット・バイクの醍醐味なのだ。

冬の札幌は雪道の見本市

ひとくちに「雪道」といっても、気温や天候、交通量によって路面の状況は大きく異なる。大通りと路地、日の当たり具合でも違いはあるし、朝は快適に走れた道が帰りにはグズグスに崩れてしまうのも日常のこと。この変化の幅の大きさこそが雪道の楽しさでもある。

除雪された歩道
歩道専用の除雪車の仕事っぷりはこんな感じ。路面は圧雪で走りやすい
新雪時の歩道
そんな歩道もたったひと降りでモフモフに。新雪の下が圧雪の場合は多少抵抗が増えるだけで走りやすさに変わりはない

車道の除雪は雪を左側に寄せることが多く、片側2車線の幹線道も実質的には1.5車線分の幅しか利用できなくなる。自転車通行帯も冬季は雪が堆積したままになっているのが現状だ。シーズン中に1度か2度「排雪作業(※5)」が行われるが、結果的に自転車は冬に幹線道(の車道)を走りにくい状況にある。

 ※5:堆積した雪を何台ものダンプカーに積み込んで河川敷や郊外の「雪捨て場」に移動させること

歩道にできた雪の壁
歩道と車道の間にできた雪の壁。降雪量によっては大人の背丈を超える高さになることもある。毎年1月中旬の3学期の始業式に合わせ、通学路周辺ではこの雪の壁を取り除く排雪作業が行われる

そのため札幌のサイクリストは幹線道と並行する生活道や、自転車が通行できる歩道や遊歩道、公園内の踏み跡などをつなぎ、自宅から目的地までその日の天候や雪質によって最適なコースを探すことになる。大都市ゆえにルートの選択肢が多く、途中に魅力的な休憩ポイント(地元グルメのお店など)が多いことも札幌の雪道サイクリングの魅力のひとつとなっている。

川沿いの遊歩道
川沿いの遊歩道などは人の通行帯と歩くスキーのコースが自発的に分離して形成される。道路標識と路面の位置関係に注目(通常地上から看板までの高さは1.8m)
表面が磨かれた圧雪路
スタッドレスタイヤを履いた車が磨いた路面。表面に日差しで溶けた水が薄く浮いた状態

滑りやすい路面では、スパイクタイヤのおかげで歩くよりも自転車の方が安心して移動できる。とは言えスパイクタイヤも滑る時は滑る。凍った路面での急ハンドルや急ブレーキは禁物である。また、停止時に着いた足がツルッと滑って立ちゴケという例も少なくないので注意が必要だ。

雪上のスリップ痕
怖いのが積もった雪の下に隠れた段差のあるアイスバーン。後輪が滑っても姿勢を立て直すことは可能だが、前輪を取られるとそうはいかない。ただしスピードは出ていないので転倒に至ることは少ない

ゆっくり丁寧に走っている限りでは滑り方が穏やかでわかりやすいので、前後の荷重やブレーキング、後輪へのトルクのかけ方など、自転車の基本を再確認するには雪道はうってつけの環境でもある。

粉雪で崩れた路面
気温と湿度が低い時に降った雪は圧雪とならずに”モロモロで粉々”の状態になる。この状態が自転車にとって一番手強い(車にとっても)
春先の路面
そして春先の路面。溶けてシャビシャビなかき氷状の雪と水溜りを縫うように走るのが「泥んこ遊び」のようでまた楽しい
春先の自転車
春先のB.B.周り。このまま凍ると厄介だが、”育て甲斐”もあるため崩すタイミングに悩むことも多い
雪道での転倒
固く締まった踏み跡を外れると深雪に前輪がハマってジャックナイフ(からゆっくりと前転)することも… 。歩くようなスピードしか出ていないうえ雪も深いので、転倒してもダメージはなくただ雪まみれになるだけだ。しかも乾燥した雪なので、軽く払うだけでOK
写真提供:@takuro-_masumori (instagram)

日常を冒険に変える雪道のサイクリング

通勤や通学、ちょっとした外出といった日常のサイクリングを、玄関からひと漕ぎするだけで「冒険」に変えてしまうのが雪道の魅力である。そして相棒は「ゆっくり走るのが気持ちいい」スロウな自転車ファット・バイク。

こんな雪道を5ヶ月にわたってほぼ毎日堪能できる街、それが札幌なのだ。最近ではファット・バイクのレンタル・サービスや試乗車を揃えたスポーツ自転車店も増えている。ぜひ冬の札幌で雪道サイクリングの奥深さを体験してほしい。

札幌のご当地ビール
自転車で汗をかいた後にはご当地限定の「サッポロ・クラシック」がたまらない

2 comments

  1. 「日常を冒険に変える」っていいですね。きっと大変なんだろうな〜と思いつつ、高木さんのテキストと写真を見ていると冬の北海道に行きたくなります。今年の冬は珍しく雪に遭遇したので喜び勇んで突入したら、見事にコケました。「ゆっくり走る」ってのが分かっていなかったです。

    ところで、ジャックナイフの写真はどうやって撮ったのですか? 偶然?仕込み?

    1. そーなんです。ゆっくり走れば単位時間あたりにセンサーに入力される情報が少なくなるし、挙動の加速度も緩やかになるので、分析やフィーバック処理に余裕ができる感じです。試行錯誤に失敗してもスピードが出ていないのでダメージも少なくなるうえ、通りすがりの和菓子屋の店頭に張り出された新商品のPOPに気づくこともできて、良い事づくめです 🙂

      ちなみにジャックナイフの写真は、ご近所の裏山を探索した際に同行した仲間に盗撮(?)されたものです。あの時はほぼ全員がジャックナイフしてたと思うのですが、僕は道案内で先頭を走っていたので目撃できなかったンです…。

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