自転車に「乗る」ためのレッスン 第24回 実況者のレッスン2

Critical Cyclingにおいて、自転車に乗らないで参加は異端視されてきたが、クラウド・コンピューティングを使用したWeb会議サービス、Zoomを使用した新型グループライドにおいては、そこそこ歓迎される。その役割はグランド・コントロール──というとかっこいいのだが、要するに走行音で音量がうるさくなったサイクリストをミュートする役割──である。このことについては、「自転車に『乗る』ためのレッスン 第18回 実況者のレッスン」を書いた。この続編としてClubhouse(音声チャット)による「新型グループ・ライド 2021 Winter」(2月21日)のグランド・コントロールについて書いておきたいと思う。

参加も含め、音声チャットの経験が初めてだったこともあり、どうなることかと思っていた。またZoomの際にもあることだが、音声の入出力の設定が人の声にチューニングされているとはいえ、走行音や風音などのノイズはどうなるのか?といったことは、例によって未知数のまま開始した。結論からいうと、自転車に乗らない故の観点だが、このグループ・ライドには、グランド・コントロールの役割は必要なかったと思う。サイクリストがバラバラに並列に接続しているイメージがまったく湧かなかったからだ。端的にいうと、コントロールすべきノイズがほぼなかったのだ。

つまり、なんとなく手がかりがなかったのだ。もちろんナビゲーター的な役割はあるかもしれない。自転車で走りながらだとなかなか確認しがたい、参加者、聴衆の役割を重視すべきではあったかもしれない。もちろん複合的なメディアの使い方も考えられそうなのだが、「新型グループ・ライド」のClubhouse版ならではとして考えると、センターみたいなものがなく、ほんとに気ままにバラバラに走りながら、発言したい人が適宜、みたいなコミュニケーションもあるのかもしれない。

いささか気になるのは、司会者的な役回りは当然のことながら、既存の関係性、定型の語りを発見していくことで、それは安定でもあるが、問題でもある。まして僕のような素人の語りは、最初の数回はよいが、話しかけるメンバーが固定したりするに違いなく、参加者が固定的であっても、役割を交替していくことで、コミュニケーションの多様性をつくりだす機会にはなりそうな気がした。そういう意味では、Clubhouseによるサイクリストのコミュニティ形成みたいなことは、存外可能性があるのかもしれない。中心を作らないが故の良さを想像した。

余談だが、今回、実はだれも自転車に乗ってなくて、フリをしているだけだかもしれないという、そう思ってもおかしくないくらい、静かであったということは補足しておこう。ラジオの始めもそうだったのかもしれない。実況中継が担保するのは、信憑性では無く同時性であるという当然のことを考えた。まぁ、みんなが自転車にのっている振りをしている演劇であったら、それはそれで面白いと思った。 

One comment

  1. 異端視どころかプレミアム・クラスの特恵待遇ですよね! ほんと自転車に乗らない人も参加するのがクリティカル・サイクリングの良いところだと思います。

    で、自転車、買わないのですか?

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