自動車王ヘンリー・フォードは自転車好き

ヘンリー・フォード(Henry Ford)は自動車会社フォードの創立者であり、実用的な自動車を普及させてモータリゼーションを導いた自動車王だ。同時に環境汚染、交通渋滞、交通事故を深刻化させた張本人であるわけで、クルマに悩まさせるサイクリストとしては目の敵にしたいところ。だが意外にも彼は自転車好きであったことが知られている。

Henry Ford with a Bicycle, Detroit, Michigan (1893)

この写真が撮られた頃、フォードはデトロイトのエジソン照明会社で働いており、金銭的な余裕がなかったので何年も同じ自転車で通勤していた。自動車の開発前であり、路面電車より手軽で効率的な移動手段として自転車を高く評価していたらしい。後に高給取りのエンジニアになっても、頻繁に自転車で出かけて用事を済ませていたとWilliam A. Simondsが著した伝記(1946)に記されている。

さらに億万長者となっても自転車に乗り続け、77歳の誕生日にイギリス製の12ポンド(5.4kg)の軽量自転車と写真に収まり、毎日夕食後に3マイル(4.8km)のサイクリングを楽しんでいるとTime誌1940年8月12日号は伝えている。しかも当時は珍しかった菜食主義者で、田舎暮らしを好む平和主義者だったと言うのだから、自動車王のイメージとは随分と掛け離れている。

さて、フォードが1896年に制作した最初の自動車はクォドリシクル(Quadricycle)と呼ばれ、4馬力のガソリン・エンジンを積み、最高32km/hで走行した。4つの車輪は自転車のホイールとタイヤを流用しており、エンジンはチェーンを使って車輪を駆動していた。これらの自転車部品は軽量なので、非力なエンジンには好都合であり、サイクリストであるフォードには自然な発想であったに違いない。

Henry Ford’s Quadricycle (1896)


Henry Ford’s Quadricycle

当時の自転車は様々な形態や機構があり、先立つゴットリープ・ダイムラーとヴィルヘルム・マイバッハのライトワーゲン(1885)は補助輪付きの木製二輪車、カール・ベンツのパテント・モトールヴァーゲン(1885)は鉄製三輪車で、いずれも類似した自転車がある。フォードのクォドリシクルも同様の四輪の自転車が存在している。むしろ自動車はエンジンを載せた自転車と考えるのが自然だろう。

Sterling Elliott’s Quadricycle (1886)

開発だけでなく事業に邁進するフォードは、やがてベルトコンベアによる効率的なライン生産を確立し、傑作と呼ばれたT型フォードをモデル・チェンジせずに販売を続けて、製品の価格を下げていく。また、最低賃金を引き上げ、労働時間を短縮することで、労働者の購買能力を高めることを狙う。これらは機械化労働と大量生産、大量消費に他ならず、自然と自転車を愛した人物像には結びつかない。

The Ford Assembly Line (1913)

このようなフォードの矛盾は、当の本人としては素朴な二面性に過ぎないのかもしれない。後に孫のヘンリー・フォード2世が最新の自動化工場を案内して労働者不要論を唱えたところ、全米自動車労働組合会長のウォルター・ルーサーが機械は自動車を買わないとやり返したとの逸話もある。つまり、小さな違いが拡大され、さらに大きな矛盾と混乱へと突き進んだのが今日の社会かもしれない。

それだけに、フォードが自転車のような移動手段に注力していたら、どうなっていただろうかと考えてしまう。もちろん、歴史に「もしも」は禁物であるし、他の誰かが自動車を産業化するだけかもしれない。ただ、甚大な排気ガスなどの自動車公害や交通戦争とも呼ばれた自動車事故を考えるにつけ、別の可能性を探したくなる。それは今からでも可能であろうか?

Miami traffic jam (2012)

余談ながら、ガソリン自動車の開発を強く勧めたのは、当時の雇主である発明王トーマス・エジソンだった。彼は発電や照明などの電気事業を展開しており、電気自動車の研究もしていたにも関わらず、フォードの卓越した着想と技量を認たわけだ。一方、その電気事業で直流と交流の優位性を巡ってエジソンと争っていたのが、今日のテスラの社名の由来になった天才発明家ニコラ・テスラだ。

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