自転車に「乗る」ためのレッスン 第21回 初心忘れるべからず

最近赤松さんのインタビューが公開されている。そこには僕のこと、この連載のことが書かれている。

- 自転車を持っていない人も参加できますか?

かならずしも自転車に乗る必要がないのが、クリティカル・サイクリングのおもしろいところです。「宣言」を起草したメンバーのひとりである松井茂先生は、ママチャリを持っているらしいんだけど、乗っているところを見たことがない。そんな彼がブログに書いているテーマは「自転車に『乗る』ためのレッスン」です。思索のための概念として自転車を位置づけていて、とてもおもしろい。

教員インタビュー:赤松正行教授「クリティカル・サイクリングの射程」

最近自転車置場にいったら、ママチャリが錆び付いていることはもちろんのこと、傷だらけ。泥よけが車輪に密着しちゃっていたりして、再起不能感を漂わせている。やばっ。である。おまけにここのところ、映画のことを書こうと始めた連載なのにそういう話題が無い。やばっ。やばっ。思索できているのか? やばっ、やばっ、やばっ。

初心に帰ってみようかな、と思ったのですが、僕が自転車のことを考えた瞬間、自分が乗っていることでは無く、自転車に乗る誰かをみている印象でした。さらにいえば、それは映像だった。脚色すれば、それがまちがいなく、ゴダールの『勝手に逃げろ/人生』(1979年)なのです。それをただただ思い出して、Blu-rayを買って見直す。あ〜、映画は運動なんだ……。そういえば蓮實重彦が『スポーツ批評宣言 あるいは運動の擁護』(青土社、2004年)という本があったことを思い出した。当時は、蓮實がスポーツについて書いている、なぜだ? と思った。が、つまり、テレビで見たスポーツのことを書いているわけで、スポーツに関する映画評を書くことと、蓮實にとって変わらないんだ、と納得したことがあった。そんな単純ことじゃ無いよ、と言う人もいるかもしれないが、そうか、映像について批評をすると、世界に関してはほぼあらゆることを語ることなのだ、と気がついたのだった。なにかそんなことから、あー、。自転車について語れなきゃ、とレッスンがはじまったのだった。

今年の1月に、ある大学で『勝手に逃げろ/人生』の話をしたのだが、なんかうまくいかなくて、すこしトラウマ気味だったのだが、赤松さんのインタビューをよみ初心をとりもどそうと思ったのだった(と、今回も微妙にサボっている! いない?)。でも、ゴダールの『勝手に逃げろ/人生』、ただただ良い映画。ただただ、それを書けばいいのかもしれない。

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