マウリシオ・カーゲルの111人のサイクリストのための音楽

マウリシオ・カーゲル(Mauricio Kagel)の「Ein Brise」(1996)は、ドイツ語で「そよ風」の意味で、なんと111人のサイクリストによって演奏される楽曲だ。実際に何度か演奏され、その記録が公開されているので、まずはビデオを見て聞くのが良いだろう。本当に111人もいるのか数えようもないが、老若男女随分と多くの人が自転車に乗って演奏を楽しんでいる。

この曲のサブタイトルは「Fugitive action for 111 Cyclists. A musically enriched outdoor sports event」、つまり「111人のサイクリストによる一時的な行動、音楽的に豊かなアウトドア・スポーツのイベント」となっている。確かにその通りだ。簡単なルールによる多数の行動の集積によって、ある種の複雑さと豊穣さを生み出すのは、集合的アート表現の常套手段ではある。

マウリシオ・カーゲルは1931年にアルゼンチンに生まれ、独学で作曲を初めている。後にドイツのケルンに移り、電子音楽からオーケストラ曲まで幅広く制作。特異な行動を取るティンパニー指揮者の曲でも有名で、真面目なのか冗談なのか一筋縄では行かない作風だ。そのなかでもEin Briseは、誰もが演奏できて誰もが笑顔になるのだから、これは一服の清涼剤、まさにそよ風と言えよう。

実際の楽曲としても、遠くから音を奏でる自転車集団が近づき、やがて走り抜けて行く様は、街にそよ風が吹いたようだ。徒歩では重々しいし、自動車では騒々しい。ゆっくりとペダルを漕ぎ進む自転車は軽やかで美しく、自由と調和が気負いなく立ち現れる。記録ビデオだけでも楽しいが、楽団の一人として自転車に乗るか、聴衆の一人として街角で観れば、この上もない至福に包まれるに違いない。

昨今の新型コロナウイルス禍では慎重にならざるを得ないものの、サイクル・イベントやロード・レースなどの機会に呼びかければ、自転車に乗った111人の賛同者が集まるかもしれない。そこで、この曲の楽譜を注文してみた。だが、待てど暮らせど届かない。律儀にも毎週水曜日に出版社からのデリバリー待ちとのメールが届く。これは作品の一部だろうか。いつになれば演奏ができるのだろうか。


この曲の演奏方法の解説。最後に楽譜を垣間見ることができる。

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