自転車と放蕩娘 (15) ヘレン・ケラーとタンデム自転車

「寛容は精神の大いなる賜物。それは、自転車でバランスをとるのと同じように、脳の努力を必要とします。」とは、ヘレン・ケラーの言葉だ。

ヘレン・ケラーは一歳八ヶ月のときに患った病気のために盲聾となり、六歳から始まった家庭教師アン・サリヴァンの指導によって障がいを克服。ケラーが井戸水に触れ、もう片方の掌にサリヴァンが「w-a-t-e-r」と綴った瞬間、モノに名前があることを知る「奇跡」の逸話は、ウィリアム・ギブソンの舞台劇にもとづく映画『奇跡の人』(1962年)によって広く知られることとなる。そのケラーの言葉として振り返るとき、「脳の努力」によって世界認識の方法を獲得した過程と自転車の関わりについて想像力を膨らませずにはいられない。

「のんびりとした散歩の次に、タンデム自転車でのサイクリングを楽しんでいます。私の顔に吹き付ける風と、鉄の馬のバネのような動きを感じるのは素晴らしいことです。空を切るように駆け抜けると、力強さと快活さを感じ、鼓動が踊り、心臓が高鳴るような感覚になります。」

Helen Keller, Bicycle Quotes, Life is like riding bicycle
Helen Keller On Bike, Disability History Museum, accessed August 30, 2020.

これは、ケラーが自転車に乗った時の感覚について語った言葉だという。実際、ニューヨーク州バッファローの障がい者歴史博物館には、タンデム自転車に乗るヘレン・ケラーの写真が残されている。この写真からは、左手をハンドルに添え、会話するために右手を隣の男性に預けている様子が見て取れる。余談だが、筆者は以前、Dialogue in the Darkというイベントで暗闇の中ブランコに乗った際、上下左右の感覚が失われて酔ってしまい、楽しめる余裕などなかった経験がある。身体の状態を把握するのは文字通り、努力によってのみ可能なはずだ。だとすれば、ケラーの感想は、一見普通のようで決して当たり前ではない。どのようにしてこのような認識に辿り着いたのか。「脳の努力」という言葉が再度重みをもって思い起こされる。

マドリン・ギンズ、荒川修作(著)、渡部桃子(監訳)『ヘレン・ケラーまたは荒川修作』(新書社、2010年) Madeline Gins, Helen Keller or Arakawa (Santa Fe, N. M.:Burning Books, 1994)

ケラーの世界認識の方法に深い関心を抱いた作家に、マドリン・ギンズと荒川修作が挙げられる。ギンズは著書『ヘレン・ケラーまたは荒川修作』の中で、ケラーを「性別もなく、そのなかに世界が自らの壮大な住処を、あちこちに、精密に、どこにでも、運動感覚的に描く存在」とし、(視覚中心ではなく)運動感覚的で触覚的な認識の枠組について考える契機としている。養老天命反転地での身体感覚を更新する体験を思い起こせば、彼らの関心は想像に難くない。「性別もなく」という記述にも、ケラーへの敬意が窺える。ケラーは、当時男性しか入学を許されなかったハーバード大学の女子部にあたるラドクリフ・カレッジに、障がいをもつ女性として初めて入学するなど、フェミニズムの文脈からも熱い支持を受けている。

【追記】アイキャッチ画像はTHE DC BIKE BLOGGERより引用した。

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