新型コロナウイルスと自転車:道路編

要約

  • 新型コロナウイルス感染症の世界的大流行により電車やバス、自動車の利用が減少する中で、徒歩や自転車での移動が重要になった。
  • このために、欧米では道路の一部を自転車や徒歩での移動のために転用している。具体的には障壁物を並べた即席の自転車レーン整備や道路全体のカー・フリー化などがある。
  • 一方、日本ではそうした緊急の道路整備が行われていない。以前から安全な自転車走行空間が少なく、路面の混在通行マークや塗装による区画だけで、安全が確保されていない。
  • これは時代遅れの考え方で、接触事故や路駐駐車を防ぐために物理的に分離された自転車走行空間が必要であり、その整備が急がれる。

序言

新型コロナウイルスは人々の生活を変え、社会の在り方を変えている。それは辛く困難なことが多いが、一方で自然環境の回復や余裕のある生活様式などをもたらしている。誰もが閉口していた満員電車や道路渋滞が、多少なりとも緩和されのはその一例だろう。代わって注目されているのが自転車や徒歩での移動であり、そのために道路の整備が望まれている。

そこで、国内外の自転車や道路の状況に詳しく、積極的に情報発信されている宮田浩介さんに話を伺うことにした。以下、オンライン共有ドキュメントで行った対談を掲載する。一文ずつ交互に記入して数日かけて対話を行ったものだ。文意を整えるために多少の修正を行った他は、原文のままにしている。また、文意を補うために語句へのリンクや、ビデオやツイートを追加した。

対談

赤松:宮田さんには2017年のCYCLEHACK東京でお会いしたのが最初で、その後もTwitterやブログなどで活動を拝見していました。今回はちょっとした契機から対談を行うことになりましたが、まずは、簡単に自己紹介をお願いできますか?

宮田:はい、「となりのじてんしゃ」名義で内外の自転車政策のことなどを発信しています、宮田浩介といいます。サイクリング・エンバシー・オブ・ジャパンというグループで自転車に関する映画の上映会や海外から来日したキーパーソンのアテンド、都内の自転車インフラの格付けなどに関わってきました。海外の都市を訪ねて現地のアクティビストに自転車環境の実情を教えてもらうという活動もニューヨークロンドンサンフランシスコでやりました。これは新型コロナの流行でしばらくできそうにないので、とても残念です。

赤松:ありがとうございます。海外の動向は興味深いですよね。私が自転車に興味を持ったのはここ数年なのですが、それ以前から海外では自転車に驚かされることがありました。例えば、渋滞税が導入されたロンドンで大変だねと思っていたら、実は自転車都市への布石だったり、Vélib’が登場して間もない頃のパリで何じゃこれは?とビックリしたり。911以前のニューヨークでグリーンウェイに感激したこともあります。摩天楼の狭間で自動車とメッセンジャーが戦っているイメージだったので。宮田さんは何かきっかけがありましたか?

宮田:そうですね、僕が育ったエリアは東京の区部なので、自転車は初めて乗れるようになった時からずっと身近な移動手段として存在し続けてきました。趣味性の強い乗り物としてはモーターサイクルの方に先に熱中しまして、北米大陸も横断したんですが、海外の旅にモーターサイクルを使うのはなんだかんだ大変なんですよね。それで自転車旅を試してみたらこれにもハマりました。海外ツーリングは時間的制約もあり実際そんなにできていないものの、自転車利用者にとってどうか、という視点で世界の道を見るようにはなりましたね。英語はそこそこできるので、各地の自転車関連施策なども普段からインプットするようになりました。

赤松:自転車に乗ることとその施策に興味を持つことは必ずしも一致しないと思いますが、これは理由があってのことですか?

宮田:2014年にシアトルからバンクーバー地域まで走った際に色々な自転車インフラに触れたのもきっかけの一つだったと思います。車の流れから物理的に分離された専用空間が当時でもちらほら整備されていて、誰でも安心して使えて良いなと感じました。僕自身はモーターサイクルでの経験があり、車道を自動車に混じって走ることにも少なからず自信はあるんですが、やはり自転車だとスピードはたかが知れていますので、後方の安全マージンは自分でコントロールできないですよね。後続車のドライバーに自分の運命を預ける状態になる。法律上の分類がどうあれ、これは物理的な現実です。

赤松:なるほど、実体験として問題や課題を感じたわけですね。「となりのじてんしゃ」のツイートからも世界各地の状況が伝わってきて参考にしていました。今回の新型コロナウイルス騒動では、世界中が大混乱に陥る一方で、自転車が注目されているようですね。海外の様子をいくつか紹介してもらえますか?

宮田:はい。全世界的にはWHOが、必要不可欠な移動や健康維持のための運動に歩行や自転車を推奨しています。都市レベルでも、各地で自転車利用をプッシュする動きが加速しています。例えばロンドンでは市街中心部を世界最大級のカー・フリー(車の通らない)エリアにする方針を市長が発表しましたが、その目的は、何百万もの人が公共交通からの「乗り換え先」として徒歩や自転車を選ぶようにすることです。都市の道路空間は限られているので、多くの人が互いに身体的距離を保ちながら移動するためには、車を入れないことが重要になるわけです。車は空間利用効率がとても低く、また周囲にとって大きな脅威となりますので。ただこうした動きの多くは、新型コロナ流行を受けて初めて出てきたものではありません。赤松さんも先ほどロンドンの渋滞課金や自転車インフラ整備のことをおっしゃっていましたね。

赤松:予想していた訳ではないでしょうが、備えがあったので憂いはないって感じでしょうか。新型コロナウイルスで一気に加速した印象があります。

宮田:同感です。車の通り道あるいは保管場所としてそのほとんどを占有されてきた街路を、よりヒューマン・スケールな場所へと甦らせる。この流れは新型コロナ流行以前からあったもので、特に今世紀に入ってから世界的に顕著になりました。この文脈の中で、自転車も改めて注目を集めるようになっていたんです。徒歩だけではごく近距離しか移動できません。公共交通はルートの自由度が高いとはいえず、利用集中による混雑の問題も抱えています。自転車はそこを補う、都市のミッシングリンクのような乗り物ですよね。ロンドンもパリもニューヨークも、先をゆくオランダ(ネーデルラント)の諸都市やコペンハーゲンなどを手本に、車道を大胆に分割して物理的に保護された自転車走行空間のネットワークを整備してきました。そして今、感染症流行による公共交通の輸送能力低下で、自転車の役割はいっそう大きくなりました。既存の走行空間に追加する形で、即席の自転車空間がどんどん作られています。三角コーンなどの簡易的な構造物で道路を縦に分割すればPop-up Protected Bike Lanes(即席の、物理的に保護された自転車レーン)ができますし、横断方向にフィルターすればカー・フリーないしは歩行者・自転車優先の通りが生まれます。ベースとなる自転車インフラが元々ある都市、上で挙がった以外では例えばコロンビアのボゴタやアメリカのシアトルなどの他に、イタリアのミラノやローマのような自転車環境が良いことではまず話題にならない街でも即席の走行空間が生まれています。ベルリンを例にした「10日でここまでできる」ガイドも既に公開されています。

赤松:過密な電車やバスは怖くて乗れないし、かと言って誰もが自家用車に乗ると大渋滞で崩壊必至ですからね。大都市以外にも地方都市や田舎の状況はどうですか?

宮田:新型コロナ流行を受けての報道やSNSで流れてくる情報はどうしても大都市中心部のものが多いのですが、僕が把握しているものですと、パリを擁するイル・ドゥ・フランス地域圏(東西およそ160km、南北およそ100km)が鉄道等の輸送能力減少を補うため、既に進行中だった650kmの広域自転車ネットワーク整備を加速させる3億ユーロの資金拠出を決めています。それからカリフォルニアのオークランドも話題になっています。人口およそ40万人、赤松さんのお近くでいえば岐阜市くらいの規模の地方都市です。同市は、市民が徒歩や自転車、スケボーその他で外に出て身体を動かせるよう、合計およそ120km、全体の約10%にあたる道路を車が通り抜けられない「スロー・ストリート」に指定しました。

赤松:世界的には、地域によって状況が違うにせよ、少し調べるだけで追いきれないほど沢山の取り組みが行われていますね。一方で、日本国内では新型コロナウイルスを契機とした自転車の取り組みがまるで聞こえてこない。宮田さんはどう感じていますか?

宮田:東日本大震災の後に自転車ユーザーが増えた時も結局インフラの面で大きな変化は起きなかったので、あまり驚きはありません。ただ今回は事象の規模が世界的ですから、内外の差は際立ちますね。政治や行政の反応が鈍いだけでなく、自転車関連の企業や団体が走行空間に関してこれといって声を上げていないのは残念です。準備をしているところなのかも知れませんが。

赤松:私も2月3月と状況が厳しくなるにつれて、それでは自転車は乗っていいの?と気になったのですが、国内ではまるで情報が出ていない。レース中止といったプレス・リリースの横流しばかり。自転車メディアや自転車メーカーなどは千載一遇のチャンスなのに動いていない。それで海外の状況を調べて最初の記事を出したのが3月20日でした。SNSでは宮田さんをはじめ海外の情報を流されている人がいらっしゃるので、とても参考になりました。このような日本と海外の差、そして組織と個人の差は何でしょうね?

宮田:総じて言えば、社会に対する意識の違いだと思います。よりよい社会、という大きなビジョンがあって、それをベースにして自分の関わっていることの役割を考えているか。日本でも分野が違えばこういう人や組織は珍しくないですよね。でも自転車関係は同好会的というか、自分たちのサークル内ばかり見てる感じがします。自転車利用についての発信でも「サイクリスト」「自転車乗り」といった線引きを持ち出す傾向がありますよね。自転車利用者全般の利益、そしてあらゆる人の幸福というスケールの思考が必要だと僕は考えています。

赤松:流行りの言葉で言えば、ハピネスやウェル・ビーングですね。初めて参加した自転車関連の国際会議のテーマのひとつがハピネスで、ブータンの人が基調講演をしていて驚きました。ブータンは山間の小国で自転車とはあまり関係がないのですが、GNP(国民総生産)よりGNH(国民総幸福量)を重視して世界一幸福な国と言われているからですね。このような観点は重要だと思います。

宮田:幸福を客観評価することは容易ではないので順位にはこだわらないにしても、明白に人の幸福を損なうものに対しては異議申し立てをするべきですよね。例えば日本では2018年には47名の方が自転車乗車中の追突事故で亡くなっています。車に追突される事故は自転車側の「無過失率」が約80%と非常に高く、死亡率は出会い頭事故の約10倍です。法律を守っていても避けられないタイプの事故で、結果は重大なものになりやすい。これが2018年には自転車乗車中の死亡事故全体の約1/10を占めています。にもかかわらず、自転車関係の組織から安全な走行空間の整備や側方間隔ルールの法制化を強く求めるといった声は上がっていません。SNSで個別の事故が少し話題になっているかと思えば、亡くなった方の走り方や装備の粗探しをする「サイクリスト」のコメントが並んでいることも。全体としては自己責任論に終始している印象です。英国ロードレースの英雄で今はマンチェスター地域の歩行・自転車担当長官を務めるクリス・ボードマン(Chris Boardman )のように社会全体を見渡して発信できるスポーツ・サイクリストが日本にももっといるはずだと思うのですが。

赤松:交通事故に関しては身を以て一家言あります(笑)。プリウス・ミサイルに象徴されるように自動車も人間も欠陥品なので、必ずクルマが飛び込んでくる。だから、クルマの流れに対して物理的に障壁を設けた自転車レーンが必要。これ本当に頼むよお願い!って気持ちです。でも、なかなか実現されないですね。

宮田:日本でも、歩道通行が法律で認められた1970年に自転車道等の整備が自治体の努力義務になっているんですけどね。

赤松:となると、自転車の道路整備は遅々として進まなかったことになりますね。ちょうど自転車活用推進計画が実施されていますが、どれほど真摯に取り組まれているかは疑問です。繰り返すようですが、クルマ優先が当たり前だった道路から「新しい日常」としての道路、つまり自動車も自転車も歩行者も同じように安全に使える道路に進化できるとすれば今しかないですよね。国内で注目されている動きがありますか?

宮田:行政でも民間でも、新型コロナ禍を転じて福となそうとしているような自転車インフラ施策の実践はやはりまだ無いようですね。議論の段階のものでは、サンスポCyclistの「自転車通勤を促進するにはどうすれば良い?」という記事&意見募集が興味深いと思います。テーマは通勤に絞られているものの、自転車利用を伸ばすことが社会全体にとって望ましいことだ、という前提が共有されていると感じました。「都市部のクルマ移動を制限して自転車が走りやすい環境を」と題された浅野真則さんのコメントは、道路のキャパシティーを考えてマイカー抑制の必要性に言及する、一歩踏み込んだ内容になっています。三船雅彦さんは乗り物に関係なく他の人に優しく、という主旨のことを語っておられて、僕も同じ想いを持っています。ただ、その実現方法としては物理的に分けることが歴史的に実証されてきた唯一のものだと強調しておきたいです。移動手段ではなく「人」を中心に考えることが重要であり、だからこそ移動手段による力の差を道路インフラというシステムで解消する必要があるわけです。「すぐにはできない」を言い続けて1970年から50年が経ってしまったのが日本なので、もういいかげん前に進まなければ。

赤松:ヒューマン・セントリック(人間中心主義)ですね。情報デザインでは常識になりつつありますけど、道路デザインではまだまだなのですね。歴史的に実証されてきた状況を簡単にでも紹介してもらえますか?

宮田:このあたりのことは仲間と翻訳したサイトCycling Fallaciesに大体まとまっています。詳しく知りたい方にはイギリスの歴史家・ジャーナリストのカールトン・リード(Carlton Reid)氏による本『Roads Were Not Built for Cars』などがおすすめです。主要国のタイムラインを概観すると、オランダの諸都市やコペンハーゲンは分離インフラ、つまり縁石などで自動車と自転車とを物理的に分離した道路に力を入れ続け、自転車利用でも利用の安全性でも世界のトップになっていますね。イギリスやアメリカでは「自転車は一台の車として車と同じように走るものである」という、Vehicular Cycling(ヴィヒキュラー・サイクリング)と呼ばれる考え方を原理主義的に信奉する自転車愛好家たちが分離インフラに猛烈に反対し、行政も整備を進めませんでした。その結果、自転車利用はスポーツ・レジャーを除いてほぼ壊滅してしまいました。Share the Road(シェア・ザ・ロード)、つまり、車の人も自転車の人も共用の道路空間で仲良くやってください、という呼びかけくらいしか施策がない国や地域では、殆どの人は移動に自転車を選ばなくなってしまった。今世紀に入ってからのニューヨークやロンドンの変化の背景には、この教訓があるんです。アメリカにVehicular Cycling思想を広めたジョン・フォレスター(John Forester)が先日90歳で亡くなり、一つの歴史の幕が下りました。

赤松:原理主義的Vehicular Cyclingの人達が分離インフラに反対するのはなぜですか?

宮田:初期の分離インフラの設計が貧弱だったこと、そこしか走れない規制が敷かれそうになったことなどもあると思います。でも、フォレスターなどは優れた設計の分離インフラも認めようとしていないので、車とイコールであるという観念が彼らには何より重要なのかも知れません。日本でも「自転車は車」という机上の分類を連呼する人がいて、時には行政さえもこれを無批判に振りかざしていますが、その分類法でも正確には「軽車両」つまり人や動物を動力とする荷車その他と同じカテゴリーに入っている点にはあまり触れませんね。車輪がついた乗り物などを指す「くるま」の仲間とされてはいても、それは「車」と言った時に現代人の大多数が思い浮かべるであろう「自動車」と自転車がイコールだという意味ではありません。ここを短絡させるのは悪質な言葉のトリックです。現実においても、とにかく自動車と一緒になって走る、というのに無理があることは誰にでも分かることでしょう。

赤松:日本での自転車レーンは、車道の左端にマークや線が描かれている程度ですよね。それすらない場合が多いので、自転車マークを見ると嬉しくなりますが、安全が確保されているわけではないですね。これはVehicular CyclingやShare the Roadの考え方と同じですか?

宮田:はい、「レーン」すなわち専用の車線ですらなく、混在で走る際の目安になる自転車マークや矢羽根が多いですね。ああいったものは北米ではSharrowと呼ばれています。Share-the-lane Arrow(車と自転車の共用レーンを意味する矢印)の略です。Share the Roadのメッセージを目に見える形にしたもので、自転車も車道を走る、という「権利」の視覚化としては意味がありますが、おっしゃる通り直接的に車から守ってくれわけではありません。自転車政策に通じた人たちの間では既に「Sharrowはインフラではない」との認識が一般的になっています。Share the Roadは行政などが発するメッセージであるのに対して、Vehicular Cyclingは基本的にはユーザー側の思想および実践ノウハウです。その中にはTake the Lane、つまり「一台の車として権利を行使し自分の車線をしっかり確保する」というものがあります。フォレスターはこうした走り方をまとめたハンドブック『Effective Cycling』を1976年に出し、全米の交通当局に売り込みました。自転車ユーザー側が混在で構わないと言っているので、行政側としてはインフラ整備をせずに済んで好都合ですよね。そして自転車は車道混在でも平気な人だけのものになり、移動手段としては極めてマイナーになってしまいました。今世紀に入り、北米の主要都市は物理的に保護された自転車走行空間の整備を軸にこの自転車暗黒時代から脱け出し始めました。一方、日本ではそれより後に、各地の行政が車道混在マークを描き始めました。混在に適した道路もあるので、それはよいと思います。問題なのは、幹線道路でも混在マークだけで済ませていることです。自転車の方が追突され亡くなる事故も起きていますが、事故の当事者間の問題として処理されて終わりです。

赤松:路面のマークだけなら無視したり、気づかなったりしますからね。自転車レーンなのにクルマが駐車していて、自転車が危険な走行をせざるを得ない状況もよく見かけます。それにしても海外の先行状況に学ばなかったのは道路行政の怠慢でしょうか? 時期的には「失われた30年」のせいか、日本が保守化・内向化して新しい取り組みができなくなり、世界から取り残されたように思えます。

宮田:自転車専用のレーンといえば、昨年は道路構造令の改訂でその仕様が定義されました。全国で整備の加速が期待されるものの、道路によっては視覚的な分離だけでは弱いですよね。市街地だと駐停車レーンにされてしまうことも、世界の前例から既に分かっていることです。しかしそれを防止するための方策は、日本の仕様ではほぼ示されていません。路駐車で自転車レーンが塞がっているのを警察に通報しても、車内に誰もいない場合を除き違反キップを切ることもしません。現実には取り締まりが存在しないも同然なのに、法律が守られる前提で道路は設計されています。設計に関しても日本は特殊で、「道路管理者」である国道交通省や自治体の他に、「交通管理者」の警察もまた実質的に決定権を握っています。道路管理にも国道・都道府県道・市区町村道といった管轄の縦割りがあり、包括的で統一性のある整備が進みにくいのですが、自治体が珍しく先進的なアイデアを出しても、警察との協議で通らなければボツになります。先進的でない普通の自治体はどうかというと、道路構造令とその補助となる国土交通省・警察庁の自転車空間設計ガイドラインを大体そのままなぞります。そしてこのガイドラインにも多くの問題があります。策定した(正確には改訂した)委員会のメンバー構成の面でも、自転車は車道を走ればよい、という日本版の原理的Vehicular Cyclingを発信してきた自転車活用研究会の理事ら、またそれに近い考えの学識経験者が席を並べており、物理的分離を不要とする方向に議論が引きずられています。世界の先行研究を偏りなく比較検討する、という学問の世界では当たり前のプロセスが、国レベルの委員会の議論の基礎になっていないんです。こうした杜撰な方法で策定されたガイドラインが全国の自治体にコピペされ、時代遅れの混在マークや路駐し放題の自転車レーンが量産されているわけです。この不作為を知っていながらその被害者になるのは馬鹿馬鹿しいので、僕は車の流れの速いところでの混走をますますやらなくなりました。

赤松:それは暗澹たる気持ちになりますね。そもそも行政や委員会の人は自転車に乗っているのかな? 少しでも実際の道路を自転車で走れば、困難や恐怖を覚えるはずですよね。海外視察でも現地機関に案内されて見聞きしただけじゃないかと疑ってしまいます。知識には宣言的知識手続き的知識がありますが、前者だけで考えている人が多いように思います。逆に宮田さんはちゃんと自転車に乗っていますよね。つまり、実践の上での理論こそが有効だと思うので、そのような人が増えて欲しいと思っています。

宮田:そこは少し複雑だと思います。おかしな政策に関して「自転車に乗ってないやつが考えたんだろう」といった反応は珍しくありません。でも例えば、熱心なサイクリストだったフォレスターはどうでしょうか? 彼は車に混じって走ることに恐怖を感じなかったか、それを認めようとしませんでした。そして他の自転車利用者も同様であるべきだと主張したのです。生身の自転車利用者が権利ではなく物理的現実において自動車と対等であるというのはファンタジーですが、このマッチョで幼稚なファンタジーが、物理的な差を埋めるためのインフラ投資を妨げてきました。自転車に乗らない人もさることながら、自分の乗り方を相対化できない人、他者への共感を欠いた人も自転車政策を決めるのにはふさわしくないと僕は考えています。

赤松:自転車に乗っていることが議論の十分条件ではない、ということですね。それはそうですね。なかなか一筋縄ではいかない状況が伺えます。それでは今後の展望はどうでしょうか?「もういいかげん前に進まなければ」という想いについてもう少し教えてください。

宮田:どこに糸口があるかは、正直なところわかりません。ただ、世界の動向をキャッチしている人は間違いなく増えていますし、都市と道路を生まれ変わらせる大きな流れは止まらないと思います。1970年からの自転車インフラの失われた50年は、オランダやデンマークが特殊ということで言い訳ができたかもしれません。しかしこれからはもう、前に進まない国は先進国だとみなされなくなるのではないでしょうか。ニューヨークの街路を改革したジャネット・サディク=カーン(Janette Sadik-Khan)も昨年、日本の自転車利用度は世界がうらやむレベルのものなのだから、走行空間をしっかりやるべきだと指摘しています。国内の自転車関係の内部からその動きが出るかどうか、出て欲しいな、自分もその一端を担いたいな、と僕は思っています。

赤松:考えるだけではなく、発言を含めて行動が大切ということですね。

宮田:社会も道路も、大切な自分の居場所ですから。ちなみにサイクリング・エンバシーでは5月30日から「【コロナ対策】3密を避けて自転車で安全に移動できるよう、即席の走行空間を作ってください!」というオンライン署名キャンペーンを開始しました。

赤松:それは素晴らしいですね。私も署名させていただきました。新型コロナウイルスは近年稀にみる変革のチャンスですからね。キャンペーンの説明は今回の対談のコンパクトなまとめになっているようで、今何が求められているかが再確認できました。と言う訳で、今後も宮田さんの活動に期待しています。今回はどうもありがとうございました。

宮田:こちらこそ、ありがとうございました。次回は思い切り遊びの自転車の話でもしたいですね。やっぱり軸となるのは幸福ですので、走るのが好きな僕らはそっちもおそろかにしちゃだめだなと思います。今はとにかくキャンプ・ツーリングに行きたいです!

【追記】本稿の先頭に対談の内容をまとめた要約を掲載しました。また、要約、序言、対談の見出しを追加しました。(2020.06.06)

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