[Cyclist’s Cycles 自転車家12ヶ月] 3月

3月

彼岸にあたる3月は冬から春に季節が移り変わる。自転車家の「彼岸」とは、ごくごく素朴なことでしかない。自転車に乗るか、乗らないか、だ。

実は、自転車家になるには特別難しい段取りなどはない。春の陽気に誘われて自転車に乗ってしまった、そう思った時は、自転車家だ。私は自分自身を自転車家だと思っているのだが、天気と気候に誘われてついつい走ってしまったばかりだ。

春には黄砂が空を舞ったり、花粉があたりを飛びまわったりと、自転車家によっては苦痛を強いられるコンディションになることも多い。ましてや今この時、正体が未だわからないというウィルスまでどこかを漂っていて、それは自転車に乗っていても安全だとは言えない。

それでも天候が1年間のなかでも1位か2位ぐらいに最高であれば、乗る。それが今ここで進行している自転車家の現場、3月だ。けれどよくよく考えてみると、自然と共存共栄をはかろうとする自転車家は、もとより安全な場所を走っているかどうかという意識は、左程高くはないのかもしれない。自転車家の安全とは、場所のことではなく「道路の左側を走る」ことに重きがある。街中でも峠道でも、ヒルクライムでもダウンヒルでも、これは家の近所でも100キロ先の道でも、これはひと繋がりのことだ。

そのようなシンプルな答えが用意されているのに、問題が深くなる。なぜ深い問題になってしまうのかというと、この安全策が驚く程に人々に知られていないからだ。とりわけ、道路の進行方向に向かって右寄りを走行することは「逆走」であり、道路交通法に違反するということは覚えておいたほうがいいだろう。


走る場所をきちんと考えることが安全につながるという、基本的なことを広く知ってもらうために出来ることとは何か。その問題に取り組む都市として京都市の例をあげてみる。2つの取り組みについて述べてみよう。まず1つ目。既存の車道に自転車が安全に走行するための場所を示す情報を加えている。

2車線道路
2車線道路
1車線道路
1車線道路

これによって示されているのは自転車は左側を走行することと、自動車は道路左側は自転車走行帯であることだ。自転車の進行方向が矢印で、自転車と自動車の走行する際の道路幅のガイドとなるラインが示されている。なお、道路の広さ、1車線、2車線かによって表示デザインは異なっていることが確認できる。

1車線道路(狭小)

京都の市街地は1200年におよぶ都市計画の名残によって、一方通行路や十字路が大変多い。近年は観光向けのレンタル自転車も広まっている。自転車家の目線からは、現在の京都市の自転車政策は一定の効果を出しているように見える。

しかし、これらの道路表示は「安全」に対して直接の効果があるわけではないということが重要だ。その効果とは自転車で走行するときに「どこを走るべきか」という情報を提示していることに限られる。それを安全な走行に役立てるためには、自転車、自動車、歩行者が、お互いのことを考え続けていなくてはならないだろう。

自分はどこを走るのか、他の交通手段はどのような走り方をしているのか。立場の違うもの同士がその場所での最良の選択を行えるようにする必要がある。そこは移動するものにとっての「現場」であるということを示している。

これは逆説的な言い方になるかもしれない。自転車が走る場所とは、常に危険に開かれた「現場」であるからこそ、安全性を考える余地がある。


それでもなお、自転車の逆走を見かけることは少なくない。ロードレーサーに乗り、チームジャージに身を包んだ自転車家が、信号無視と逆走の合わせ技を晒す現場にも、悲しいことに出くわしてしまう。(自転車家は誰もいないところで、安全を確認した上で判断を行っているつもりなのだろうけれど、残念な事に自転車家は似たような場所に出没しているので、見つけてしまうのである)

子供を乗せた親が自転車を堂々と右側走行させて、私の進路に立ち塞がるのでこちらが怒りを通り越して哀しくなって、自転車を降り首を左右に振って遺憾の意を表したこともある。

このような路面マーカーがあったとしても、道路は道路だ。逆向きに走ることもできてしまう。計画が実行されるかどうかはわからない。だから現場なのだ。

そこで京都市のもう一つの取り組みを出してみよう。JR京都駅から少し北を東西に走る七条通にみられる。ヨーロッパの都市にもよくみられるレーンを設ける形での自転車の走る場所の示し方だ。

左から自動車・バス停・自転車・歩行者の区分
左から自動車・バス停・自転車・歩行者の区分

歩行者、自転車、自動車とレーンが分けられており、バス停留所にはプラットフォームと歩行者横断帯が設けられている。こうすると自転車レーンには(原則として)自転車以外は入り込まないことが期待される。私は異なる日にこの区間を走行してみて、両日とも概ね安全な走行がされている様子を見ることができた。

ところが、である。ある日、私がレーンを調査走行していると警察による自動車交通取り締まりが行われていた。取り締まり現場付近の自転車レーンには、違反者のためのサイン会場が設置されて、自転車走行を妨げていた。私はここでもやはり警察にわざわざ見えるように首を振って、後方を確認の上で自動車レーンに進路を変更する、という判断をした。

公共の安全を守る警察にとっても自転車レーンが、「自転車レーンとは何であるか」を考え続ける現場であってほしいと願うものである。それによってこの古い都の街並みが次の100年間でどの方向に向かうかが示されることだろう。

安全な場所はない。安全に移動しよう。

One comment

  1. 最後から2つ目の写真に写っている5色のカードは京都市が配布しているものですか? 注意喚起する楽しいデザインですね。

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