自転車に「乗る」ためのレッスン 第9回 グルメと自転車と孤独

『孤独のグルメ』というテレビドラマがある。2012年にSeason1がはじまり、現在Season8が放送中。輸入雑貨商の井之頭五郎(松重豊)が、ひとりでご飯を食べるという、それだけのドラマだ。ご飯を食べる店はもちろん実在の店で、料理もすべて本物だ。そう考えていくと、脚本があるとはいえ、松重豊の演技は、限りなくリアクションに近い演技といえるだろう。このドキュメンタリーとしての部分に、このドラマがうけているポイントがあるのだと思う。とはいえ個人的な経験として、放送を見て実際に足を運んだ店がそれほどでも無かったことが複数回あり、やはりドラマはドラマであり、実はグルメ番組ではないのだ。

五郎にとっての美味しさは、グルメとしての食事より、「孤独」の質の側にあるようにも考えられる。いわゆる「ひとり飯」の自由としての孤独と、クライアントとの仕事後の開放感としての孤独、独身貴族(?)としての孤独等々。こうした要素の表出の演出として、店までのアプローチがあるだろう。無論、多くの場合は、仕事後なので徒歩である。まれに車ということもある。では自転車は? 現在までの放送分、約80話のなかで五郎が自転車に乗るのは、僅かに1話のみである。Season4、第5話「愛知県知多郡日間賀島のしらすの天ぷらとたこめし」だ。

届け物で立ち寄ることになった日間賀島。タクシーもバスも無い観光客の移動手段は、レンタサイクル。身長188㎝の松重豊が、スーツで27インチのママチャリに乗る。サドルを最大限に上げてライドするのだが、背筋を伸ばした五郎の走りは、なんともアンバランス。これはどうにも孤独には程遠い。原作の五郎であれば、中肉中背だからもうすこし様になるかもしれないが、テレビドラマ版では、まったく孤独感は表象されない。とはいえ、この回の五郎は、通常の東京近辺を離れたロケなのに、レンタサイクルに乗車して、借りてきた猫よろしく、食事の仕方がいつにも増して内省的だった。もっとも、これはあるインタビューによれば、撮影初日が雨で流れて、いろいろご馳走になってしまって満腹だったからだとか。

グルメと自転車と孤独、想像のなかでは相性がよい気がしていたのだが、必ずしもそうでもないようだ。もっとも、この想像の根源にあるのは、IAMASのサイクリスト達が、毎度、美味そうな店に行った話しを私にしてくるからかもしれない。

2 comments

  1. 80話のうち1話だけとのことですが、今回の記事のために見直したのですか?それとも記憶力抜群とか?

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