真鍋博の自転車賛歌

星新一の小説の挿画や装丁で有名なイラストレーター真鍋博は、1973年に「自転車賛歌」なる書籍を刊行している。重化学工業を中心とした高度経済成長が限界を迎え、人口集中や公害による環境破壊が深刻化した時代にあって、彼のイラストレーションは常にシンプルで軽やかであり、明るくポップな世界を描いていた。本書でも同じスタイルで、自転車と社会の来るべき姿が提案される。

本書の中心は100ページ近くに渡って描かれる独創的な自転車たちだ。1ページまたは見開き2ページに1台の自転車が描かれ、名称と説明が添えられる。いずれも汎用的ではなく、乗り手と目的が明快だ。例えば最初のピクニック・サイクルは郊外に出掛ける三人乗り三輪車で、最後のお祭り自動車は高さ20mほどの山鉾を一人で操る巨大な四輪車といった具合。以下、名称と何ページかを並べてみよう。

ピクニック・サイクル、リフト自転車、体操自転車、変身自転車、尺取り自転車、ミニミニ・サイクル、ぶらんこ自転車、ゼンマイ自転車、階段自転車、ピエロ自転車、歩行自転車、チェーン自転車、キャタピラ自転車、ベンチ自転車、ジョイント・タンデム、ハンド・サイクル、砂浜自転車、四つ足自転車、鳥自転車、ピョコタン自転車、ワイヤーサイクル、竹馬自転車、糸繰り自転車、海賊自転車、三角自転車、トンネル自転車、かに自転車、家族三輪車、バネ式自転車、プラ・サイクル、大一輪車、尾っぽのある自転車、音楽自転車、乗車拒否自転車、木馬自転車、タグ自転車、水上自転車、シーソー自転車、やじろべえ自転車、オール自転車、ハツカネズミ自転車、二重自転車、原始輪、キャンター・サイクル、凸凹自転車、オリジナル・トレッド車、天動車、フィッシング・サイクル、三脚自転車、もぐら自転車、会議自転車、登山自転車、ガンバリ・ノンビリ自転車、額縁自転車、ミキサー・バイク、インサイド・ギア車、買物自転車、雨天自転車、ベルト自転車、よちよちサイクル、芝刈り自転車、オフィス・サイクル、脱地上自転車、安全しごと自転車、モノ・サイクル、人転車、こんがりサイクル、ペガサス自転車、移動天体観測車、リーディング・バイク、しごと自転車、20輪車、忍車、クランク自転車、お祭り自転車

これらの自転車は単に面白可笑しいだけではない。それは続く16ページの文章で丁寧に説明される。人間の歩行速度(4km/h)と、自動車などの機械速度(100km/h)があまりにも掛け離れているので、様々な問題が起こっている。そこで、その中間にある自転車(20km/h)に注目しよう、と言うわけだ。そう、本書の副題「20キロ文明への憧れ」とは、自転車がもたらす可能性の追求に他ならない。

それはまたバイコロジーと呼ばれる運動でもあった。バイク(自転車)によるエコロジー(生態圏の実現)だ。自転車は乗り手自らの力で走り、環境を破壊しない。免許は不要で誰でも乗ることができる。それは人間性の回復であり、効率化社会の是正を目指す。ただし、自転車の機能偏重や商業主義には警鐘を鳴らす。そして「だから、ぼくは手作り自転車を作る」と宣言する。

さらに全国50,000kmもの自転車道路から仕事や個人に適合する自転車、そして自転車置場やレンタル自転車、自転車公園やオリエンテーリングなど社会への提言が続く。そのような未来社会のイラストレーションが最後の15ページを飾る。これぞ真鍋の真骨頂だろう。モノクロのページであるのは意図的であったに違いない。これに色を付けること、つまり提言の実現が期待されていたわけだ。

このような本書の内容に共感するとともに、40数年も前に先見的な主張がなされていたことに驚く。いやむしろ、長い年月が過ぎたにも関わらず、本質的には何一つ問題が解決されていないことを嘆くべきかもしれない。現在もバイコロジー関連の活動が続いていて、各地で活動が行われているようだ。本書は絶版になって久しい。見返しには自転車座が描かれ、自転車賛歌が添えられていた。

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