ケン・ラッセルが描くエルガーと自転車

19世紀から20世紀にかけて音楽界きっての自転車好きは、イギリスの作曲家エドワード・エルガー(Edward Elgar)だろう。いわゆるクラシック音楽では目立たないイギリス勢だが、エルガーの行進曲「威風堂々」や「エニグマ変奏曲」はよく知られている。単純明快と言っても良いほど分かり易く、明るく力強いのは、植民地と産業革命によって築かれた当時の大英帝国の栄華を示している。

そのエルガーの伝記映画を、同じくイギリスの映画監督ケン・ラッセル(Ken Russel)が制作している。その「Elgar: Portrait of a Composer 」(1962)では、冒頭で白いポニーに乗って丘を駆ける少年が、成人して自転車で疾走するシーンが印象的。後の「トミー」や「アルタード・ステーツ」といった派手で奇怪な演出ではなく、モノクロで淡々とした映像が続く。

エルガーが乗った何台かの自転車の中で、お気に入りはSumbeam社のRoyalモデルだったようで、Mr. Phoebus(太陽、太陽の神)なるニックネームを与えている。これは27インチ(約70cm)のフレームで、前後ブレーキを備え、3段変速機とフリー・ホイール機構もあったらしい。今日の観点からすれば大仰で無骨であるものの、それだけにクラシカルで端正な美しさを備えている。

また、ケン・ラッセルは2002年にエルガーの伝記映画を再制作している。それが「Elgar: Fantasy of a Composer on a Bicycle」で、カラー映像でバタ臭い演劇要素が増えたものの、タイトルに示されるように自転車が多く登場する。最早ポニーは登場せず、最初から自転車に乗って丘を駆け抜ける。大事には至らないが、中盤には自動車との事故も描かれる。

映画の終盤でエルガーが自転車に乗って生家を訪れ、街を周回し、祈りを捧げた大聖堂を通り抜ける。そして最後に自転車を降り立ち、生涯を回顧するかのように丘から遠くを望む。前作では明確ではなかった自転車の重要性が随所に立ち現れる。もっとも直截に自転車行進曲などは作っていないので、エルガーが自転車の体験を音楽にいかに反映したのかが気になるところだ。

エルガーが活躍した1900年前後は、まさに産業と貿易における大英帝国の最盛期。また、イギリスのローバー社が今日の自転車と同じセイフティー型を発売し、自転車における世界制覇も進んでいた。そのような時代にあって、当代きっての作曲家が自転車に熱中しても不思議ではない。彼が駆け抜けたマールヴェンにはエルガー・ルートが設けられている。いつか、自転車で走ろう。

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