エドワード・ゴーリーの優雅に叱責する自転車

アメリカの絵本作家、エドワード・ゴーリー(Edward Gorey)の「優雅に叱責する自転車」(1969年)は、2人の子供が奇妙な自転車に乗って不思議な旅をする物語。それぞれはハンドルとサドルに腰掛けているが、ペダルを漕ぐわけではない。そもそもペダルもなければクランクもチェーンもない、自転車のようで決して自転車ではない自転車が、意思や目的も分からないまま、2人を連れ回す。

エドワード・ゴーリーは繊細で緻密なペン画とともに、世にも奇妙な物語を紡ぐ。それは時に残酷であったり、皮肉であったりする。常に淡々とした場面と展開が、かえって不気味さや不条理さを醸し出す。「優雅に叱責する自転車」も明確なストーリーや教訓じみた結論はなく、登場人物が「どうゆうこと?」「不可解!」と宣うのだから、自分で言うなよ!と突っ込みたくなる。

日本語版の翻訳は、ポール・オースターなどアメリカ現代文学の翻訳で知られる柴田元幸。 テキストは十数ワード足らずの短文がページごとに添えられ、時には登場人物の感嘆詞が混じる。左ページには原文が掲載されているが、前後関係や文脈が希薄な文章は読解が難しい。難しい言葉は少ないように思えるものの、原題「The Epiplectic Bicycle」のEpiplecticは、当代きっての名翻訳家を困惑させた廃語と言う。

ゴーリーが描く自転車物語には、前後関係のない絵葉書形式で淡く彩飾された「The Broken Spoke」や、1シーンだけだが自転車で失踪する「The Willowdale Handcar」などがある。これらは単行本の他に、十数編を集めたアンソロジー「Amphigorey: Fifteen Books」や「Amphigorey Also」に収録されている。未翻訳なので英語版を入手するしかないが、眺めているだけでもその世界に耽溺できる。

数十編以上にも及ぶ著作からすれば、ゴーリーが自転車をモチーフとすることは少ない。しかも高速に移動したり、物を運搬するどころか、まともに走れそうもなかったりする。しかし、人と自転車は妙に馴染んでおり、ずっと以前から相携わってきたようだ。疑問を抱くことなく、優雅に叱責する自転車に乗って旅をする2人もそうだ。ただし、やがて旅は終わり、呆気なく自転車は崩れ去る。

ちょうどエドワード・ゴーリーの原画・書籍・資料など約350点を集めた展覧会が巡回している。本名だけでなく、アナグラム(綴りの入れ替え)によるペンネームでも著作が多く、他の作家のために描いたイラストも多い。他にも自転車の絵があるかもしれず、異なる関係性が描かれているかもしれない。他のファンとは視点が異なるだろうが、自転車の優雅な秘密を見つけたいところだ。

「エドワード・ゴーリーの優雅な秘密」展
会期:2019年9月29日(日)~11月24日(日)
会場:練馬区立美術館(東京都)

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