[Cyclist’s Cycles 自転車家12ヶ月] 7月

7月

7月にもなると、これまでの季節に自転車に乗っていたことの積み重ねによって、自転車家の身体が自転車に乗るために耕され、しなやかになり、いろいろな部分がいい感じになってきている頃である。いい感じとはどういうことかというと、ロードバイクの目的に合わせていい感じになっているということだ。目的とはすなわち「遠くへ、早く、たどり着ける」ことだ。

もしも、あなたが寒い風が吹く1月や2月といった時期にも怠らず頑張って自転車に乗り、凍結していない安全な道路を南に向かって目的地まで走り、往きには確か南から向かい風が吹いていたはずなのだが、帰る時になると風は北風に変わっていることに多少の疑問を持ったことを覚えているのならば、それはあなたの身体がいい感じになっている証拠である。自転車に乗る時に吹く風というやつはいつだって逆風なのだが、身体は努力に対してそうそう裏切ることはそうそう、ない、のだから。

純粋に自転車で走る力だけを見るのならば、この7月が1年を通してもっとも強くなっている季節かもしれない。気温は高く日差しは強い。けれど身体は充実している。こんな時は緑の多い山あいを走るのもいいだろう。川の流れる横を辿る道などは素晴らしい。いい塩梅の場所を見つけたら、そのまま自転車を降りて川に飛び込めばいいのだから。

なんと言っても日が長いのがよい。朝早くから暗くなるまで、1日にたくさんの距離が走りたいならこの時期を置いて他にない。ボトルは忘れずに2本持っていこう。ライドの終わりにはラーメンと唐揚げを食べることも忘れてはいけない。それぐらいのカロリーの余地は十分に身体に出来ている。最後の締めに普段登りなれた峠を一本登っておくという締めくくりも通好みのする趣向だ。

とにかく暑いから頭がちょっと変になって、よくわからないから、そういう時は自転車に乗っておけば間違いはない。暑いからといって温泉に入ることが気持ちよくなくなるわけではない。暑さには暑いライドでもって応じる、それが自転車家の夏への入り方だ。

ツール・ド・フランス 2019

総走行距離3000キロ以上、大まかにいって日本列島を全て走りきれる距離、それが100年以上の歴史を持つ世界最大の自転車ロードレース「ツール・ド・フランス」の道のりの長さだ。真夏のフランスを3週間、21ステージに及ぶ毎日はタフなレースの繰り返しになる。

200キロ以上を走る日、ピレネーやアルプスにそびえる山岳を登る日、己の限界の力を出し切ってタイムを競うタイム・トライアル、栄光のステージ勝利を掴む日、連日の疲れから調子を崩してしまうバッド・デイも訪れる。そしてたどり着くゴールは、フランスの都、パリ・シャンゼリゼである。

この記事がアップされる7月24日現在、今年のツール・ド・フランスの総合1位を意味する「マイヨ・ジョーヌ(黄色いジャージ)」を着ているのは、地元フランスの選手、ジュリアン・アラフィリップである。彼が走る顔を見ると、真に自転車家の顔つきを感じる。かつてツール・ド・フランス総合優勝を果たした「走る哲学者」とも称されたイタリアの自転車ロードレース選手、マルコ・パンターニの姿をどこか彷彿とさせる。

アラフィリップは熱い走りをしている。毎年ツール・ド・フランスだけは欠かさずテレビ視聴しているが、今年のマイヨ・ジョーヌ争いは単なる勝負を超えて、見ている方も熱くなってくる良いレースを見せてくれる。第15ステージ、フォア・プラットダルビの最後の登り、ライバルたちに喰らい付けず、トップから遅れてしまいつつも、必死の形相で時折口から舌を出しながら、独特の大きく左右に揺れるダンシング(立ちこぎ)をする姿は、およそ総合1位貫禄の横綱相撲とは程遠い姿だ。それでも彼は、まだ総合1位を守り続けている。最終日の結果がどのようなものであっても、この姿は人々の記憶に残るだろう。

最終日は7月28日。これからもアルプス山脈で至高のレースが繰り広げられることを期待している。この過酷な夏のレースを走り抜け、パリにたどりついた全ての選手は勇者である。

あれはいつだったか。

このレースをテレビで見ていた私は「私もロードレーサーに乗ろう」と心に思った。心に思っただけではなく、隣で縫いものをしていた妻に「ロードレーサーを買って、乗る」と口にした。妻は「すぐそうやって感化されるから、3ヶ月たってから考えれば」と応えた。

私の自転車家への歩みは、ツール・ド・フランスからはじまったと言ってもよいのである。

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