ジャック・タチののんき自転車

フランスの映画監督・俳優のジャック・タチ、その長編映画第一作「のんき大将脱線の巻」(1947年制作、1949年公開)は、全編に渡って自転車が重要なモチーフになっている。何しろタチ自身が演じる主人公フランソワは自転車に乗った郵便配達人なのだから。フランスの田舎町で繰り広げられる、ほのぼのとしたコメディ。シニカルさはオブラートに包まれている。

原題は「Jour de fête(祭りの日)」。そのテント小屋で上映される映画で、飛行機やパラシュートまで使うアメリカの郵便事情を見たから、さあ大変。フランソワは一念発起して、素早い自転車の乗り降りや高速な走行を特訓する。手っ取り早く手紙を渡し、トラックにつかまってオフィス・ワークも試みる。現代的な迅速さと正確さを目指したわけだが、その顛末はおよそ想像がつくだろう。

また、カフェの電話機を壊した挙げ句、その電話機を自転車の前輪荷台に載せるのが興味深い。走行しながら受話器を上げて何やら喋っている。もちろん通話ができるわけはないのだが、これぞ移動体通信であり、後の携帯電話を予言している。これは余程インパクトがあったのだろうか、ポスターやDVDジャケットなどでもよく取り上げられるシーンだ。

ともあれ、先行する「モダン・タイムス」のような文明批判は控えめで、戦後間もない同時期の「自転車泥棒」のような悲痛な雰囲気もない。電報をヤギが喰ったり、鍬の端を踏むようなユルいドタバタ劇が続く。「ベルヴィル・ランデブー」や「ピーウィーの大冒険」などにも引用された自転車コメディの金字塔、爆笑ではなく微笑、何度でも見たくなる味わい深い作品だ。

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