自転車に「乗る」ためのレッスン 第2回 勝手にしやがれ

横尾忠則が画題にするY字路のような、谷中にあるみかどパンの杉の木を正面から捉え、右側の道の奥から、吉行耕作(前田耕陽)のママチャリが、姿勢を低く疾走してくる。「ゆーさーん、ゆーさーん、やばいっすよー」と絶叫し、みかどパンで牛乳を飲む藤田雄次(哀川翔)を呼び出す。雄次の自転車は店の脇に一本スタンドで停止している。耕作のママチャリはY字路の麓に倒して、何だか分からないけど、牛乳を飲み干した雄次とふたりの自転車が走り出す。雄次は基本的に立ち乗りな感じで、次のカットでは、二人はどこかの川の堤防を走り、その次のカットで谷中銀座の階段を自転車で降りていく。

これは黒沢清の『勝手にしやがれ 強奪計画』(1995年)と『同 脱出計画』(1995年)の冒頭シーン。同シリーズの『黄金計画』(1996年)『逆転計画』(1996年)では、本郷のアジト(?)に耕作が駆け込んできて、二人乗りで走る。『成金計画』(1996年)と『英雄計画』(1996年)では、駆けつけた耕作の自転車に雄次が乗って走り出す。

みかどパンのシーンは極めつけの名場面だと思う。なにがどういうふうに、と考えると以前からよくわからない(苦笑)。黒沢清の他の作品(『蛇の道』1998年)でも哀川翔が自転車に乗るシーンがあるのだけれど、自転車に乗り慣れてないというか、おそらく乗らない人なのだと思う(これはあくまで推測にすぎないのだけれど)。 

『勝手にしやがれ』でも、なんとなくぎこちない。ただこの映画では、ぎこちなさが、どこか藤田雄次という役を象徴している。そんなふうに気にしはじめると、自転車に乗ることは演技なのかどうか? むしろ、自転車に乗ることを演じることの困難さを感じはじめた。どうやって乗るのと同様、乗れないことを演じるのはもっと困難なのではないだろうか。そもそも、自転車の乗り方で誰からしさを表出すことはできるのか? バランスを問うこと自体に係わるけれど、俳優にとって自転車に乗る演技は、難しいに違いない。 

『勝手にしやがれ』シリーズ冒頭のみかどパンのシーンは、こうした俳優と役と自転車が奇跡的に一致した瞬間ゆえの名場面なのだ!!! 考えすぎかな(笑)。

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