Raphaはロゴのルビコン川を渡るのか?

Raphaが新しいコレクションを発表した。その名もロゴ・コレクション。文字通りブランドのロゴを大きく目立つように配したTシャツやフーディなどが並ぶ。これを見て暗澹たる気持ちになった。Raphaは機能や品質だけでなく、高いデザイン性を持ったサイクル・ウェアを世に送り出していたからだ。ストイックなまでにシンプルなエレガントさ。そこに自己主張が強いロゴが入り込む余地はない。

実際にも初期のRapha製品は、まったくロゴがないか、目立たないように配慮されていた。このことによりRaphaは他のブランドと一線を画し、高い評価を得ていたはずだ。だが、いつしかロゴの魔の手が忍び寄り、次第に侵食されていく。例えば、ビブ・ショーツ。サイドに大きくロゴが入るが、明確には分かりにくい写真が使われている。今回もロゴが目立たない製品がある。Raphaの葛藤が垣間見える。

端的に言ってロゴは可読性のある文字であり、ブランドの露骨な宣伝に他ならない。つまり、ブランドの認知を広げ、販売を促進する手法だ。このことは投資会社に買収されて以来、徐々に顕著になってきた。Raphaもロゴ付き製品を小出しにしながら、ユーザの反応を伺ってきたはずだ。そして、遂に堂々とコレクションとして打ち出すに至った。もはや戻れぬ商業主義へと邁進するのだろうか。

ただし、ロゴ・コレクションの製品の価格設定にも注目したい。素材や仕様などが違うかもしれないが、類似した製品の半額程度になっている。すなわち、ロゴを付けることで顧客に宣伝を強いる対価を、価格として還元していると考えればどうだろう。逆に一般の製品ではロゴが消滅することを期待したい。これが妄想でなければ、公正なブランディング手法になりそうだ。

なお、筆者は実際に購入した製品や体験した事柄について考察するようにしている。それにも関わらず、本記事は今朝届いたニュース・レターとコレンクション・サイトの情報だけで執筆した。それはロゴ嫌いがロゴ付き製品を買えないという事情がある。そして、Raphaの商業主義が臨界点に達した危機感と、一縷の望みに突き動かされたからでもある。ご容赦いただければ幸いだ。

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