拡張自転車綺譚〜さかさまハンドル二輪自転車篇

ハンドルを切る方向と実際曲がる方向が逆になる「さかさまハンドル」の自転車を制作した。改造し易いカーゴ・トライクでは既に実現しているが、一般的な二輪自転車では困難であった。これはヘッド・セット周りに空間的な余裕がなく、素人工作の範疇を超えていたからだ。そこで、何度か工房にお邪魔したこともあるShin・服部製作所の服部晋也さんに相談し、制作を依頼して完成に至った。

さかさまハンドルは、ハンドル・ステムと前輪フォークの回転方向を何らかの方法で逆転することになる。この機構は、2つのギアで実現した例がいくつかある。これは単純で合理的、安定性も高いようだ。ただし、2つのギアはいかにもキメラ感が強いし、歯車に手を挟む恐れもある。何度か調査や意見交換をしつつも、発表期日が迫っていたために、今回は確実に実現できる2ギア方式を採用した。

さて、完成した自転車は期待を遥かに超える出来栄えだった。まず。クラシカルで鈍く光るクロモリのミキスト・フレームに、巨大な歯車が2つ装備され、スティーム・パンク調ですらある。そして、自転車に乘るどころか、手で押して歩こうとしただけで、運動感覚が大崩壊。どんどん自転車が斜めに傾き、立て直そうとすると反対側に倒れ込む。逆ハンドルを頭で理解していても、まともに扱うことができない。

初披露となった養老アート・ピクニックでは、若い人から年配の人まで何十人もの人が挑戦したが、誰一人として乘りこなせなかった。ペダルをこいだ瞬間に倒れそうになり、足をついてしまう。誰もが興味津々で挑むものの、理不尽なまでの難しさに叫び声が上がる。闘争心を掻き立てられるのか、何度も試みる人もいたが、僅かなりとも乘ることはできない。見事な全戦全敗、目論見通りの完全敗北だ。

ここで、制作していただいた服部晋也さんへのインタビューを紹介しよう。春先から相談していたので、半年ほどかかって完成に漕ぎ着けたことになる。出来上がった自転車は完成度が高く、納得できる仕上がりだが、その裏側では数多くの試行錯誤があったようだ。商売にはならない無茶な要望にも真摯に取り組んでいただいたことに感謝したい。「左右反転フレーム」と名付けるセンスも抜群だ。

赤松: ベースになっているフレームにはモデル名がありますか?

服部: 今回のイベントのために特別に作った車両になりますので特に決まった名前は無いのですが、一緒に設計と製造を行なったCirclesの横山誠さんとは左右反転フレームと呼んでいました。イベント会場が養老天命反転地だったことにも引っ掛けています。

赤松: 大きな歯車を使われた理由は何ですか? 前方が重くなり、重量バランスが悪くなりませんか?

服部: フロントフォークのステアリング・コラム外径に合う内径を持った歯車が、パッと手に入りそうなサイズでは今回使用したものしか無く、なるべく肉抜きをしましたがやはり重くなりました。ハンドルの左右反対以外をより普通の自転車と同じ条件に持ってくるには、軽量さを追求した歯車をゼロから特注する必要があるでしょう。

赤松: 歯車や2つあることを除けば、ヘッドセット周りは通常と同じ仕組みでしょうか?

服部: 歯車が2つあることを除けばヘッド回りは普通のアヘッド規格と同じ機構です。ですのでギアを外してフロントフォークがついているコラムにセットすれば、普通のハンドリングの自転車としても乗車していただけます。

赤松: 他に今回の制作で工夫された点や苦労された点があれば教えてください。

服部: 今回は歯車を使いいかにして自転車の規格に合わせて製作するかで苦労しました。アイディアを2人で出し合ってうまく作れたと思います。

ところで、次のビデオの人物は、毎日5分間ずつ練習して8ヵ月後にさかさま自転車に乗れるようなったと言う。一旦獲得した運動感覚は強固であり、簡単には刷新できないことが伺える。小さな子供は2週間でさかさま自転車に乗ったそうだから、これは年齢や経験とともに強化される。そして、さかさま自転車に乗れるようになると、普通の自転車に乗れなくなるのも興味深い。まさしく世界が変わるわけだ。

この現象は、心理学の実験で有名な「逆さメガネ」と同じだ。このメガネをかけると目の前のプリズムによって光が逆転し、上下あるいは左右が反転して見える。この状態で人はまともに行動できない。だが、何週間か何ヶ月間か逆さメガネをかけ続けると違和感がなくなり、自然に行動ができるようになるらしい。しかも、その後に逆さメガネを外すと、正常に見えるはずが反転して見えて行動できないと言う。

このように、さかさま自転車は身体感覚や運動能力について強烈な示唆を与えてくれる。新製陸舟奔車がそうであったように、この世の自転車がすべて逆ハンドルであったなら、誰もが苦もなく乗りこなしているに違いない。当たり前なことは当たり前ではない。それは単なる慣習に過ぎないかもしれない。さかさまの世界では、さかさまのハンドルこそが普通であり、我々の世界のハンドルはさかさまだ。

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