自転車業界のスマイル・カーブ

自転車産業の興亡史「自転車物語II バトルフィールド」を読みながら思い起こしたのは、事業プロセスと付加価値の関係を示すスマイル・カーブ。これは電子産業などの収益構造を示すグラフが、スマイル・マーク😊の口元に似ていることに由来する。事業の上流であるブランドと下流であるサービスが最も付加価値が高く、中間に位置する製造の利益率が低い。これはAppleを思い起こせば明白だろう。

スマイル・カーブ

ところが、自転車物語ではこのような事情はほとんど語られない。むしろ、製造こそが主役だと言わんばかりだ。それもそのはず、2005年に刊行された「ものづくり白書」ですら、スマイル・カーブの真逆を主張しているのだから。本来は水先案内人たる経済産業省が、製造・組立は利益率(付加価値)が低いと認識しながらも、創意工夫があれば大丈夫と嘯いている。21世紀の竹槍部隊だ。

利益の源泉となっている事業段階は、製造・組立であると認識している企業が最も多い。製造・組立は、利益率の低い事業段階であるとの指摘があるが、我が国製造業では、各事業段階の部門間の情報共有と擦り合わせによって、市場変化に迅速に対応し、最適な部材調達、生産管理、在庫管理を行うことでむしろ、他の事業段階より高い利益率を確保している。

平成16年度ものづくり白書(ものづくり基盤技術の振興施策)本文概要 P.11)

この逆スマイル・カーブ☹️は、おそらく高度成長期や安定成長期であれば正しかったのだろう。これは日本の自転車産業の最盛期に一致する。古き良き「三丁目の夕日」を経て「ジャパン・アズ・ナンバーワン」となり、最後に狂乱のバブルに突入する「美しい国」だ。だが、1991年のバブル崩壊から十数年経てもなお、2005年のレポートは製造業の栄華に囚われているのだから、その病巣は深い。

逆スマイル・カーブ(赤い実線) 、スマイル・カーブ(青い点線)

ともあれ、1990年代の情報化およびグローバル化とともに、産業構造は逆スマイル・カーブからスマイル・カーブに移行した。シマノは完成車の製造・組立から撤退し、部品の研究開発によってブランドを確立している。つまり、事業プロセスの中流から上流への移行が、世界に通用する自転車企業の必要条件だったに違いない。逆に、中流の製造業に留まった企業は衰退の一途を辿るしかない。

ところで、スマイル・カーブによれば、事業の下流もまた付加価値が高い。AppleであればApple Storeが、これを担っている。一方、自転車業界を考えれば、販売はそれなりに体制が整っているものの、サービスは手薄に思える。量販店もプロショップも販売には熱心だが、修理やメンテナンスは必ずしも歓迎しない。サービス=無償という日本流の慣習も弊害を引き起こす一因になっている。

筆者は、Amazonで買った折り畳み小径車WEB販売のみのロード・バイクの整備を、近隣のプロショップにお願いした。クラウドファンディングで入手したフレームのみのリカンベントも、部品の選定から組み上げまで依頼している。それぞれ工賃も支払っているとは言え、どのショップでも快く引き受けてくれるとは限らないだろう。しかし、流動性のある社会だからこそ、どのショップでも対応して欲しい。

さらに、サービスには整備や修理だけでなく、自転車保険や自転車シェアリング、自転車教室やツーリズム、レース、イベント、出版、映画、情報など多種多様な業種がある。これらも付加価値が高く、高い収益が見込める(ような気がする)。国内はもとより、世界的なサービスとして展開できる(可能性もある)。だから、ものづくりではなく、ブランドとサービスにこそ未来がある(はずだ)。

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