自転車物語「スリーキングダム」王国の栄枯盛衰

角田安正著「自転車物語『スリーキングダム』王国の栄枯盛衰」は、日本を中心とした自転車の歴史を丹念に追う300ページ少々の書籍だ。物語風の語り口なので読み易く、思わず引き込まれる興味深い事柄が満載。元は自転車雑誌での連載記事のせいか、短めの章節構成が軽快で、気軽に読み進められる。写真や図版はモノクロで小さめだが、要所要所に添えられていて理解を助けてくれる。

本書は、まさしく江戸時代の自転車、3つの舟形車(船の形をした車)から始まる。最初の千里車を作った武蔵国百姓の門弥、それを陸船車として見世物にした道頓堀竹本座の出雲、そして先行する2台を参考に新製陸舟奔車を作った彦根藩藩士の久平次、と制作者の側から当時の様子が活き活きと描かれる。それは、新規御法度、つまり新しいことはすべてダメという時代の、先人の奮闘と苦悩だ。

続く第2章では、一般的には世界最初の自転車と言われるドライジーネに始まり、ミショー型やオーディナリー型を経て、セイフティー型として今日の姿を得るまでが語られる。ここでも、ドライス男爵は、なぜドライジーネを考案したのか?といったエピソードも楽しい。第3章はタイヤの発明や、大量生産としてイギリスやアメリカで自転車産業が本格化する過程が描かれる。

第4章で日本に戻り、幕末もしくは明治初期に欧米の自転車渡来期からだ。明確な文献が残っていないので、一種の謎解きとなる。また、日本独自の発明である人力車への言及や、からくり儀右衛門らの国産自転車の考察も興味深い。第5章では、競走会やクラブを通して明治期の自転車の受容を探り、三浦環や小杉天外の通俗的側面から夏目漱石志賀直哉の文学的側面も紹介される。

さて、ここまでは軽快に読み進んだが、第5章から第10翔までの後半は雲行きが怪しくなる。まず、産業や商業が中心であり、明治期には考察された文化的側面への言及が少ないのが気になる。また、輸入商社の競争、国産化への奮闘、市場の覇権争いなど、登場する人物や会社が多彩ながらも、現代と断絶しているので連想しにくい。それは戦時体制と敗戦によって産業も文化も破壊されたことが大きい。

このようにして、本書は太平洋戦争終了で終わる。実は表紙に小さく「戦前篇」と記されている。そして続編である「自転車物語 II バトルフィールド 戦後篇」が近く刊行されるようだ。戦後を特徴付けるのは、国内ではママチャリ、世界的には台湾と中国の台頭だろうか。戦後でありながら、戦場というタイトルも気になる。ちなみに本書の三つの王国も、どこを指すのか分からないままでいる。

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