コペンハーゲンのクリスチャニアと自転車

いくつかの気になっていた事柄が、ふとした拍子に結びついて腑に落ちることがある。筆者にとってコペンハーゲンにおけるそれは、クリスチャニアだった。事前知識はなかったが、XYZ Cargoを訪ねた際に、隣のブロックの壁に広がる極彩色のグラフィティを見て了解した。ここはスクワット地帯なのだ、と。そして、恐る恐る中へ入ってみた。いつでも逃げ出せるように身構えながら。

スクワットとは、使われずに放置されている住居や工場を不法占拠して定住すること。ヨーロッパでは不法占拠であっても、一定期間住み続けると居住権が認められる。そこでは浮浪者や犯罪者が住み着いて社会問題になる一方で、自由な環境を求めて社会活動家やアーティストが集まり、一種の理想郷を築こうとする場合もある。いずれにしても、一般の市街地とは異なる独特の雰囲気が漂う。

クリスチャニアは、軍隊の居留地跡で無人地帯であったところを、1971年に開放され、最初は子供の遊び場として、次いで移り住んだ人々によってコミュニティが形作られる。当時の世相を反映して、ヒッピーやアナキストも多く、治外法権を主張して麻薬が公然と販売されていた時期もあった。現在も法律や条例とは異なるルールで自治が行われている。その広さは34ヘクタール(東京ドーム7個分以上)に及ぶ。

その特徴的な独自ルールのひとつは、自動車の禁止だ。実際にもクリスチャニア内では自動車が走っていないだけでなく、クリスチャニアに入る道には大きな石がいくつも置かれ、進入を拒否している。武器や暴力と同じく、自動車はあってはならないわけだ。一種のユートピア思想かもしれないが、排気ガスによる環境破壊や、交通事故による人々の死傷を考えれば、あながち否定できない。

それでは、自動車禁止によって人々の生活はどうなるのか? 自動車がもらたす移動や運搬の便を何が担うのか? そう、その答えが自転車であり、まさにクリスチャニアで考案されたクリスチャニア・バイクだ。前二輪の間に大きな木製荷籠を備え、数十kgもの重量物を軽々と運ぶことができる。日本では風変わりなオシャレ自転車と思われがちだが、実は生活に根ざした堅実な道具だと言える。

この三輪自転車は、クリスチャニアのみならず、市中の至るところで見かける。学校への送迎だろうか、子供たちを荷台に載せて飄々と走る姿は、なんだか羨ましくもある。野菜や果物を運んで、そのまま屋台販売をする人もいる。ここで実践された文化と生活様式は、デンマーク中に広がっている。それは公式サイトにも詳しいが、非合法であるクリスチャニアへの言及が少ないのが可笑しい。

ところで、危険な印象が強いのか、日本の観光ガイドではクリスチャニアを取り上げないことも多い。だが、クリスチャニアはデンマーク有数の観光地でもある。平和でのどかな雰囲気すらある。ただ、かつて(今も?)麻薬を販売していたPusher Street付近では写真撮影が禁止されている。ヘルメットにGear 360を載せていた筆者は、しっかり注意された。しかも、新型だね、調子はどう?と言われる始末。

クリスチャニアの南西部にあたるダウンタウンには、土産物屋やレンスラン・バーがあり、観光客も多くて賑わっている。この一角がPusher Streetで、ライブハウスやゲイハウスもある。一方、ダウンタウンから離れた運河沿いの居住地区も興味深い。水と緑が豊かな一帯に、童話の絵本に登場するような住居が点在している。このあたりも自転車で周回できるので、生活の場を垣間見ることもお勧めしたい。

さて、クリスチャニアに来てXYZ Cargoが理解できた気がした。何かしら荷物を運ぶようになっている自転車をオープンソースとして公開しているのは、アートとコミュニティの実践だと言っていたことを思い出す。ノー・カーを謳ったクリスチャニアの精神がXYZ Cargoに引き継がれているのだろう。それはまた、デンマークのすべての人々にも受け継がれているに違いない。

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